巻頭企画天馬空を行く
「タレントもマネジャーも横並びになって
ものを考えるクリエイティブな会社にしたい」
人望を集め経営の道へ
2007年には、人気TV番組「アメトーーク!」で「ブッチャーブラザーズの子供たち」という企画が立てられ、後輩芸人たちからのカンパでブッチャーブラザーズの銅像が製作された。本人は「ちっちゃい銅像なんですよ」と照れ隠しに笑うが、ここまで多くの後輩から慕われ、人望を集める芸人はそういないだろう。その手腕と人柄が評価される形で、岡氏はついにサンミュージックの経営にまで携わるようになっていく。
「2011年頃に、先代社長の相澤から“取締役にならないか”と声を掛けていただき、そこから本格的に会社全体を見るようになりました。当時、サンミュージックは歌手部門が不調で、平成の間に紅白出場者がいないという状況でした。にもかかわらず、好調だった頃と変わらない予算・給料で仕事をしていて――私は会社勤めというものをせず、結果がすべての世界でずっと生きてきたので、何でこの数字で同じようにやっているんだろうと、シンプルな疑問を抱いたんです」
そうして岡氏は、旧態依然とした社内環境の改革に乗り出した。時には社内の人間と衝突することもあったが、努力しているタレントたちに幸せになってもらいたいという純粋な思いが、同氏を突き動かしたという。
「社員の多くは、自分たちは一流のプロダクションなのだという変なプライドを持っていました。私はまず、そこを崩していくことから着手したんです。確かにサンミュージックには伝統があり、これまでの実績が否定されることはない。でも、売れていないという現状があるのだから、その現実をしっかり見つめたうえでどうすれば良いのかを考えましょう、と。セクショナリズムも性差別もなくし、あらゆる垣根を取り払って、会社全体で同じ価値観を共有することを目指しました。例えば、歌手部門が芸人や俳優を扱ったって良いのだ、と。もちろん社内での衝突もありましたが、私には“自分で頼んでこの立場になったわけじゃないから、やって駄目なら明日にでも辞めてやる”という覚悟があったので、怯まずにやりきることができたんです。それに、タレントたちが頑張っているのに、活躍の場を十分に与えられないというのは申し訳なくて――皆を幸せにしたいという思いが原動力になりましたね」
社長と芸人、双方全力の二刀流
取締役から副社長へ、そして2023年には代表取締役社長へと昇進した岡氏。社長業に専念する選択肢もある中で、同氏は芸人との二刀流という誰も行ったことのない道を選んだ。
「もともと、取締役になる打診をされた時から、私が提示した条件は“芸人を辞めないこと”と“当社の最高顧問である森田と、相方のぶっちゃあが快く承諾してくれること”だったんです。社長になる時もそれは同じで、芸人を辞めることは端から考えていませんでしたね。先代の相澤も、“そういう人間だからおもしろい、任せたいんだ”と言ってくれました。もちろん、いざ就任するとなって、所属タレントと社員の人数を見た時には、つぶさないようにしよう・・・と多少のプレッシャーは感じましたが(笑)、やるからにはやってやろうという気持ちのほうが強かったです。だから、これからも私は、芸人の時は芸人100%、社長の時は社長100%、どちらも手を抜くことはなく全力で臨んでいくと思います」
社長就任直後に自伝『サンミュージックなお笑いの夜明けだったよ!』(晶文社)も出版した岡氏。これまで積み上げてきた歴史を糧に、今どのような未来を思い描いているのか――最後にそのビジョンを語ってもらった。
「芸能プロダクションは基本的に、まずタレントがいて、それをマネジャーがケアしていくという縦の構造になっているのですが、私はもっと皆が横並びになって、一緒にものを考えていけるような、クリエイティブな会社をつくりたいと考えています。クリエイト、というと大げさに聞こえるかもしれませんが、何も難しい話ではないんです。例えば、“いつまでも給湯器でお茶を入れてないで、ウォーターサーバーを導入しましょう”とか、社内の環境を良くするための提案も立派なクリエイト、創意工夫だと思います。それなら、誰にでもチャンスがありますよね。思い付いたことは何でも言ってみる。そして、口に出したのであれば責任を持って取り組んでみる。その繰り返しの中で会社を少しずつ良くしていければ理想的ですね。また、これから芸人になる人たちにも、自分のやりたいことを明確にして、声に出すということの大切さを伝えたい。この世界では、内に秘めているだけでは決して上へは行けません。声に出して、人に見せてなんぼです。それを心に刻んで、行動に移してもらえたらと思います」
(取材:2024年2月)
取材 / 文:鴨志田 玲緒
写真:竹内 洋平
『サンミュージックなお笑いの夜明けだったよ!』 出版社:晶文社 発売日:2023年11月25日 現役大物芸人たちが“東京の芸人で世話になっていない人間はいない”と語る「ブッチャーブラザーズ」のリッキーこと岡博之氏が、森田健作氏の付き人から(株)サンミュージックプロダクションの代表取締役社長になるまでの物語を赤裸々につづった「私小説」。 |
株式会社 サンミュージックプロダクション 〒160-8501 東京都新宿区左門町4番地 創業:1968年11月 設立:1971年9月 代表取締役会長:相澤 正久 代表取締役社長:岡 博之 |
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