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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

「苦しい時にこそ、そのものの真価がわかる。
今の僕にぴったりあてはまる言葉だと思います」

 

冬にも葉を落とさぬ松柏のように

 2023年11月。パリ五輪の日本代表を選出するアジア大陸予選で緒方氏はボルダー種目で4位となり、惜しくも出場権獲得はならなかった。今、抱いている思いを、率直に語ってもらった。

「五輪の舞台はずっと目標にしていて、東京五輪も合わせると約8年間、五輪出場だけを見据えて努力してきたと言っても過言ではないので、予選が終わった後は正直、すぐに気持ちを切り替えることはできませんでした。競技を続けるにも、新しい目標をつくれなくて――自分の中で少し錯綜している感じがありました。でも、しばらく時間が経って、やっぱり僕はクライミングが好きだということに気が付いたんです。だから、選手として競技を続けていくことを決めました。2028年のロサンゼルス五輪のことも頭のどこかには置きつつ、まずは今年のワールドカップで活躍することを目標に、一歩ずつ進んでいけたらいいな、と」

大目標を達成できなかった悔しさはどれほどのものであったか、想像に難くない。それでも緒方氏は、再び立ち上がり、前を向くことを決意した。その背景には、ある言葉との出合いがあったという。

「僕は散歩をするのが好きで、新宿御苑とか、草木のある場所をよく歩くんです。ある日、いつものように散歩をしていると、ふと目に入った松の木を見て、何となくかっこいいなと思って。それで松に関する言葉を調べるうちに、『歳寒くして、然る後に松柏の彫むに後るるを知る』という孔子の言葉にたどり着いたんです。冬になるとほとんどの草木は枯れてしまいますが、松や柏は葉を落とすことなく力強く立っています。苦しい時にこそ、そのものの真価がわかる、ということを伝えるこの言葉が、今の僕にぴったりあてはまると感じました。五輪出場の目標を達成できなかった、客観的には評価されない今だからこそ、自分の価値を発信していくべきなのかもしれません」

スポーツクライミングの魅力を届ける

逆境を乗り越え、選手としてさらに成長していくことを誓ってくれた緒方氏。自身の将来については、どのようなビジョンを思い描いているのだろうか。

「選手として、尊敬される存在、かっこいい存在でありたいという思いはもちろんありますが、僕は引退した後も、スポーツクライミングに貢献したいですし、そのための活動をしたいと考えています。今も、地元である福岡県久留米市で『くるめふるさと大使』を務めさせていただいたり、年に数回、クライミング教室を開いたりして、スポーツクライミングの認知度を高めようとしているところです。教室には初心者・経験者を問わずたくさんの子どもたちが集まってくれて、僕自身、指導することの楽しさと、好きなものを共有できる喜びをかみしめています。将来的には、自分のジムを立ち上げるのもありかな、と」

緒方氏は自身のキャリアだけでなく、スポーツクライミング界全体を盛り上げることまで考えた将来設計をしている。最後に、これからクライミングを始める人、興味を抱く人へ向けて、そんな同氏だからこそ届けられるメッセージを語ってもらった。

「スポーツクライミングは、課題と向き合い、できないこともやり方を工夫しながら乗り越えていくという、人が社会で生きていくうえで普遍的に役立つプロセスを体験することができます。できる範囲からステップアップしていけるので絶対に飽きないですし、頭も体も存分に使える、本当に良いスポーツだと思います。『壁を登るなんて難しそう』と尻込みしてしまう人もいるかもしれませんが、初心者用のコースもちゃんと用意されていますし、今は都心ならどこでもクライミングジムがあるくらい、環境が整ってきているので、老若男女問わず、まずは施設に足を運んでもらいたいですね。僕自身もまだまだ活躍を続けながら、1人でも多くの方にスポーツクライミングの魅力を知ってもらえるよう頑張ります!」

(取材:2024年1月)
取材 / 文:鴨志田 玲緒
写真:竹内洋平

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