巻頭企画天馬空を行く
チーム強化のために必要となる資金力
長いリハビリ期間を経て1998年に実戦に復帰した小倉氏は、名古屋グランパスエイトのほか、ジェフユナイテッド市原、東京ヴェルディ1969、北海道コンサドーレ札幌、ヴァンフォーレ甲府で活躍。2006年に現役を引退し、サッカー解説者としてテレビに数多く出演するも現場への思いが強く、2012年にJFA公認S級コーチライセンスを取得。2016年シーズンに名古屋グランパスエイトの監督を務めた後、2021年からは社会人サッカークラブFC.ISE-SHIMAの理事長と監督を兼任している。プロサッカー選手として第一線で戦い続けてきた同氏の目に、FC.ISE-SHIMAの選手たちのプレーはどのように映ったのだろうか。
「彼らはプロではないですから、名古屋グランパスエイトで監督を務めていた時とのギャップはもちろんありました。ただ、サッカーに懸ける思いだったり、1番の目標がチームの勝利だったりする点などでは共通する部分も多いので、最初は『なかなか大変だなあ』とは思いましたけど、社会人サッカークラブというカテゴリでも一生懸命サッカーに取り組んでいる子たちがいるのを間近で見られる環境は、すごく刺激になっています。FC.ISE-SHIMAは最近、『強固な守りが強み、得点力が課題』と言われますが、強固な守りがベースにあるのは当然でしょ、と(笑)。それを踏まえて攻撃をどのように組み立てるのかが大きなポイントになります。守備とは異なり攻撃はなかなかパターン通りというわけにいきませんから、その中で意外性を生み出すことが監督である私に求められてくるのです。現在のFC.ISE-SHIMAは、まだチームの形が定まる途中の段階だと思っていただきたい。社会人リーグはJ1から数えると5部に相当しますが、選手もスタッフもJリーグ経験者がかなり増えてきているのが現状です。そのため、昔に比べると各クラブの資金力も変わってきている。やっぱりチームを強くするためには、ある程度資金が必要になります。しかし、伊勢市や松阪市を拠点に活動しているものの、その地域の方々にまだ私たちのクラブや名前が浸透しているわけではありません。まず私たちの存在を知ってもらい、さらには応援していただけるところまでもっていくことに対する苦労は日々感じています。これはどちらかというと、監督としてではなく理事長の立場としての実感ですね。そのためには結果を出すことが必要になりますが、結果を出すためにはどうしても支援が必要になる―そのジレンマが常にあるのです。川淵三郎氏が中心となって考案した『Jリーグ百年構想』では、人々が送る日常生活の中に各地域に根差したクラブチームが存在する、といった考えが1つのベースとなっていました。FC.ISE-SH IMAはそうした理念のもと、地域貢献をしながらその地域の生活の一部みたいな存在になれるように日々努力をしています」
アーセン・ベンゲル氏から多くを学んだ
監督の仕事をするうえで小倉氏が特に重きを置いていることは何なのだろうか?併せて、これまで同氏が影響を受けた監督や指導者についても質問してみた。
「私は監督としての経験はまだ浅いですし、もっともっと経験を積んでいく必要があると思っています。その中で私なりのサッカー観も今後変化していくはずです。もちろん、頭の中には戦術やシステムなどもありますが、そこだけを重視していても試合には勝てない。これはおそらく会社と同じでしょうが、マネジメント力の重要さというものを日々実感しています。チームスポーツで大事なこととして、しばしば『チーム一丸となること』や『チームワークの良さ』が挙がりますが、それらを実現することは容易ではないのです。そのためには―これは選手たちにもよく言っていますし、私自身にも当てはまります―皆が『人間力』を高めていく必要がある。その一環として選手たちには、美術館に行ったり緑が美しい自然の中で過ごしたりするなど、感性を磨くことの大切さを伝えているんです。私は、選手に自分の頭で考えさせることに重きを置いています。したがって伝え方も、『こうするんだよ』という断定的な表現はあまり使いません。そうではなく、『これはどう?』と問いかける感じでコミュニケーションを取るようにしています。監督の立場としては、選手自身が気付き、手応えを感じることが本当の意味での彼らの成長だと感じているんです。これは私見ですが、監督と選手とでは監督のほうが大変ですね。選手の時はある意味、自分1人で完結しており、自身が設定した目標をクリアすればよかった。他方、監督の場合はマネジメントの仕事がとても重要なので、多種多様な選手たちをまとめて指揮しなくてはならない。その仕事は非常に難しいと感じています。私が最も影響を受けた監督となると、間違いなくアーセン・ベンゲル氏です。名古屋グランパスエイト時代に彼のもとでプレーをして、『やらされている』という感覚はまったくなかったのに、彼がつくりだした大きな流れの中で心地よくサッカーができている実感がありました。練習の際もテンポが良かったですし、食事や体に関することなど、いろいろなことを知っている方だったので、彼からは本当に多くのことを学びました。実際に試合で結果も出ていましたから。そういった意味でも本当にすごい監督だったと思いますね」
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