巻頭企画天馬空を行く
誰かのためになる活動を
現役を退き、まだ見ぬフィールドで自らの価値を高めるための可能性を追求していく決断を下した巻氏。サッカー界を離れて活動する中で、大切にしている揺るぎないスタンスがあった。
「僕の活動には、誰かのためになることという軸があります。社会のためにと言うと規模が大きくなりすぎてしまうので、誰かの役に立つことです。というのも現役時代、ロシアと中国のチームに移籍しましてね。海外生活は、自分の価値というものを見つめ直すタイミングになりました。ありがたいことに、日本では日本代表に選ばれたこともあって、サッカーが詳しくない人でも、なんとなく僕のことを知ってくれている。たくさんの人に支えてもらっていました。しかし、一歩日本を出てしまえば、誰も僕のことは知りませんし、助けてくれません。何者でもない自分がひとりぼっちです。そのときに、日本での自分の価値を再認識できました。そしてその価値を生かして、人から何かしてもらうのではなく、自らアクションを起こしていきたいと思えるようになったんです。
日本に帰ってきてから、僕は飲食店経営に乗り出しました。でも、それは失敗したんですね。やってみてわかったのは、帳簿とにらめっこすることだけの仕事には興味がわかないということ。毎日現場に立って、お客様の喜んでくれる表情や、『ありがとう』というお言葉を聞くことができたら違っていたんでしょう。けれども、当時はまだ現役だったので、店の一切を人にお任せしていた状態で、僕は毎日数字を追いかけるだけでした。そこにやりがいを見いだせなかったんです。
では、僕は何に対してエネルギーを発することができるのか。それは、誰かのためになることだったんです。これをすることで誰かが楽になる、喜んでくれる。僕自身、サッカー選手としてのプレースタイルも同じ部分を大切にしていました。そういうときは、すごく大胆になれたり、自分でも考えられない力が出たりしていたんです。そのスタンスは現在も変わっていません」
自分ができることをやる
「社会貢献」「誰かのため」という確固たる信念のもと、さまざまな事業に取り組んでいる巻氏。利他的な活動は、現役時代からすでに着手していた。2016年4月14日に発生した熊本地震。当時、熊本のプロサッカーチーム「ロアッソ熊本」に所属していた巻氏は、震災後すぐさま動き出した。自ら復興支援のためのNPO法人「YOUR ACTION」を立ち上げるなど、現在に至るまでさまざまな復興支援活動に尽力している。
「熊本地震があった後、復興に向けて物資の支援からスタートしました。その中でも、僕は特に子どもたちにアプローチしています。復興というのは、10年、20年と長いスパンをかけて、震災前の町の姿を取り戻していくもの。そこでカギになるのは、子どもなんです。子どもがこの地で大きくなって、数年後には社会に出る。20年後にはそれぞれのフィールドで活躍し、ひいては地域の活性化にもつながる可能性が高いわけです。だから、子どもには夢に向かってしっかり歩んでいってほしい。それで、夢を創造することの大切さを子どもたちに伝えるべく講演を始めました。また、本気で夢をかなえたい子どもたちをサポートするべくサッカースクールを運営しています。サッカーを通じて、自分で課題を見つけて解決する能力を身につけてもらえたらと思っているんです。
また、障害福祉の分野でも何かお役に立ちたいと思っていましてね。地元の熊本県宇城市は農業が盛んな地域ですので、障がいを持った方の農業就労を支援する環境づくりにも取り組んでいます」
巻氏は決して歩みを止めない。復興事業や福祉事業をはじめ、多方面に挑戦を続ける姿は、試合終了のホイッスルが鳴るまで献身的なプレーを続けた現役時代と重なって見えた。
「僕はあきらめの悪い選手でしたからね、一度始めたことは簡単にはあきらめませんよ。やりたいことが次から次へとあふれ出て、今後も自らアクションをどんどん起こしていきたいと思っています。僕の活動に共感してくださった方や企業さんからも相談をいただくので、できる限り一緒に考えてビジネスモデルを構築していきたいですね。もちろん、社会のためになることでも、ビジネスとして成り立っていなければ長続きはしません。ですから、まずはしっかりと組織をつくり、土台を固めるところから始めているんです。
考えてみたら、僕はこれまでサッカーを通じて培ってきたこと、アプローチしてきた同じやり方をそのままビジネスの世界で実践しているんですよね。そういう意味では、今でもサッカーをやっているのかもしれません。サッカーにはそういう力があると思っています。また、サッカーに限らず、ほかのスポーツにもそういう力は備わっている。つまり、スポーツで得た経験というのはビジネスの世界でも活用できるわけです。僕は、スポーツ選手がもっと社会に出ていくべきだと思っています。それができないのは、スポーツで培った力をその分野以外に生かす能力が足らないからです。社会に影響を及ぼせる方が、それぞれの適材適所でできることに全力で取り組めば、もっともっといい社会を築いていけるはず。そうなればいいなと思っています。また僕自身、サッカーとは違うフィールドで成功を収めた、セカンドキャリアを持つ人間の一例になれれば嬉しいですね」
すべてをサッカー界に還元する
「僕にしかできないことをやりたい」と語る巻氏。その最終的なビジョンはどこにあるのだろうか。最後に、率直な疑問をぶつけてみた。
「こんな話をしていますけども、実は最後はサッカー界に戻りたいんですよ。どういうリーグでもいいんですけど、プレーヤーとしてサッカーがやりたいんです。でも、サッカーの世界にいるだけでは見えないものがたくさんある。いろいろな企業の方や社長さんと話していると、サッカーに取り入れられるアイデアが数多くあると思いますし、今の活動にはそういうヒントが詰まっている気がします。いずれプレーをしたり、指導者としての仕事をしたりする機会ができたときに生かせるのではと考えているんです。イメージとしては、3年から5年後にサッカー界に戻るビジョンがありましてね。そのためにも、サッカーについての勉強も怠らないようにしていきます」
(取材:2020年11月)
取材 / 文:鈴木 貴之
写真:竹内 洋平
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