巻頭企画天馬空を行く
プレッシャーの中で培われる力
U-20の日本代表監督からキャリアをスタートし、U-23五輪代表監督、クラブ監督、そして代表監督と、25年以上にわたって監督業を務めてきた西野氏。結果が出なければ批判を浴びるプレッシャーの大きなこの仕事について、どのように考えているのだろうか。
「ロシア大会については日本サッカーのためという思いで就任を決めましたが、今振り返ってみると、リスクを避けるのではなく、挑んでいかなければいけない瞬間がたくさんあるのがプロフェッショナルの仕事です。
そして、緊迫した状況の中で重要な選択を繰り返し迫られ、そのたびに判断を積み重ねていくことでこそ、己の直感が研ぎ澄まされ、磨き上げられていく。そのことが、勝負勘や決断力を培うのだと思います。それにより、ポジティブなイメージが浮かんだ瞬間に、その決断を無意識にでも実行できるようになり、大きな成果につながっていくのではないでしょうか。
もちろん、必ずしも良い結果が出るわけではないですし、後悔するような思いもたくさんしてきました。ただ、積み重ねた経験知がありますから、試合中にデジャヴのような感覚で、『あ、これと似たような状況で選択を迫られた試合があった』と記憶が呼び起こされ、迷わず判断を下せることがあるんです。それが、経験知が生きたと思える瞬間ですね。監督をしていると、『よくあんな決断ができたな』と驚かれることがあります。おそらく、試合中はゾーンに入っているような状態なのかもしれません。事前のプラン通りに試合が運ぶこともあれば、想定外のことが起きることもある。そういう中でどうやって決断をしているのかと言うと、やはりポジティブに考えられる選択肢を選んでいるのだと思います。この決断のほうが間違いなくいい!と、感覚的に思える瞬間があって、即決ができる。そうして決断したら、あとはそれを信じるしかないですね」
日本サッカー界のサポートへ
受身にならず、アグレッシブに動くことで自ら状況を打開する。そして、積み重ねた経験知を駆使して、ポジティブに思える決断を下す。それが、西野氏の監督としての仕事術なのだ。代表監督を退いた今、この先の活動についてはどのように考えているのだろうか。
「監督業についてはオファーがないとできませんから、自分の意欲だけではどうにもならない部分がありますね。ただ、いつチャンスが巡ってくるかは分かりません。だから、そのための準備は常にしておく必要があると考えています。
いずれにしても、生まれてから半世紀以上サッカーに携わってきたので、もう他の世界で、ということは考えられないですね。どのような形であっても、日本のサッカー界をサポートしていくことになると思います」
オファーがあれば監督業に戻る選択肢もあるという西野氏。最後に、監督業の魅力について聞いてみた。
「プレッシャーがある仕事ですから、正直言って、在任中は逃げたいと思うこともたくさんあります(笑)。それでもやはり、ピッチの上でチームを率いて戦うのは最高です。言い方が悪いかもしれないですが、中毒性のある仕事なんですよ。自分の指導や采配を通じて選手が育っていく姿を見られるのは喜ばしいですし、組織としてチームの力が増していき、タイトルを獲得できるまでになる。それらの結果によって、サポーターの皆さんが感動してくださったり、元気になってくださったり。その上、Jリーグのクラブであれば地域の活性化にも寄与できます。自分がサッカーを通じて何かに貢献できたと思える瞬間を一度味わってしまったら、いつまでもその世界で仕事をしたいと思うものです。しかも、その基準と同レベルか、それ以上の感動や興奮、達成感を再び味わいたくなる。そこが、監督という仕事の一番の楽しみですね」
(取材:2018年11月)
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