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Challenge+(チャレンジプラス)

巻頭企画天馬空を行く

HR業界に変革をもたらすために

上土氏が、熱い思いを持ってHR業界に進んだのは1999年のこと。以来、業界一筋で幅広く経験を積んできた。

「最初は企業の採用支援と求職者の転職支援を行う人材紹介事業に携わっていて、IT業界を担当する部門で責任者に就任しました。それから合弁企業に出向し、営業責任者を経験した後、アルバイト求人情報サービス『an』のエリア営業責任者や首都圏事業責任者、商品企画の責任者などを手掛けたのです。そして、2012年に(株)インテリジェンスHITO総合研究所(現:(株)パーソル総合研究所)に出向し、代表と新規事業部部長を兼務することになりました」

インテリジェンスHITO総合研究所は、HR領域におけるシンクタンクだ。当時、上土氏はHR業界を客観的に見る中で、大きな気付きを得たという。

「求人情報メディアには競合サービスが山ほどありますが、求職者を集めて企業の情報を案内してマッチングする、という点ではどれも同じです。2018年現在のアルバイト・パート市場は約1480万人。それを、類似の競合サービス同士でSEO対策や広告を打ち出しながら取り合っている状態と言えるでしょう。それはレッドオーシャンの戦いであり、なおかつ、そうした現状ではいずれプラットフォーマーがHR業界に参入したときに凌駕されてしまうと危惧していました。
 また、サービスの利用者にとって仕事探しは日常的には行わず、必要なときにだけ行うものです。それは、線でつながった日常の中に生じる点でしかありません。その点である顕在層に向かってアプローチするよりも、線の状態──すでに働いている人などの潜在層に対するアプローチができたら、仮に点が生じたときにも、スムーズにサービスが提供できるのではないかと考えていたのです。
 こういったことを実現するには、働いている状態にアプローチするサービスをつくるか、もしくはHR以外の日常的に利用できるプラットフォームのようなサービスが必要です。ただ、私たちのようなHR領域の企業がそれを一からつくるのはなかなか難しい。それならば、日常的に個人と接点を持っているプラットフォーマーと組むことで、世の中に新しくて面白い価値を生み出せるはずだと思いました」

上土氏はそうした構想を抱きながら、シンクタンクでの勤務を終えて、再びアルバイト求人情報サービス「an」の事業部長に就任する。そのタイミングで出会ったのが、今や世界でも大人気を博しているコミュニケーションアプリ「LINE」であった。LINEを活用すれば、当時考えていたサービスを実現できる─同氏はそう考え、「LINEバイト」の着想に至ったのである。そして、2015年には「LINEバイト」を運営するAUBEの代表取締役社長に就任を果たした。

今までにない価値を世の中に生み出す

「LINEバイト」は、全国のアルバイト求人情報をLINEアプリ上で閲覧・応募することができる求人情報サービスだ。日常的に利用するLINEを活用することで、インターネットブラウザで検索したり、専用のアプリをインストールしたりする必要もない。その気軽さと、企業の採用担当者、求職者がLINEを通じてコミュニケーションを取れる「LINE応募」機能など、双方にとってのレスポンスのしやすさなどが評判を呼び、10~20代を中心に幅広い層から支持を集めている新しい形のサービスである。

「2018年2月で、『LINEバイト』のサービス開始から3周年を迎えました。この3年を振り返ると、確実に前に進んできてはいますが、まだまだ当初の目的は達成できていないというのが正直なところです。そもそも、グループですでに求人情報サービス『an』を展開していた状態で、同じターゲットに向けた媒体をわざわざもう1つつくったのは、それまでとは違う目的があったから。それは、今までにない価値をユーザーや企業に届けられるか、という一点に尽きます。その観点で考えると、驚きをもたらすような顧客体験にはまだ導けていませんから、もっとサービスを磨いていかなければと思っていますね」

リリース後のサービスの質向上に注力する中で、新たに追加された代表的な機能の1つが「オファー機能」だ。これは、採用担当者が求職者へ直接アルバイトオファーを出せるというもの。この機能について、上土氏は「しっかりコンセプトがあり、価値を見いだせるもの」と話す。

「パートの有効求人倍率は、2018年時点で1.8倍を超えています。つまり、求人案件数に対して求職者数が非常に少ないということ。それなのに、現在世に出ているアルバイト・パートの求人情報サービスモデルは、求人案件の中から求職者が検索して選ぶ、一方通行のものばかりです。そこで、求職者が条件を提示しておくことで、企業側も求める人材を探すようになれたら、双方向によるアプローチが実現できるのではないかと考えました。例えば、『この曜日は授業がないからアルバイトができる』という求職者を、『この曜日のシフトが空いているから働いてほしい』という採用担当者が見つけられれば、お互いの希望が最初からマッチした状態でアプローチでき、とてもスムーズですよね。
 ただ、これだけではマッチングの機会は十分ではなく、そのあり方をさらに追求していかなければいけないと思っています。やはり、最初にどんな仮説を打ち立てても、実際にやってみるとそう簡単には進まないものです。それはなぜかと言うと、答えは会議室ではなくマーケットにしかないから。そのため、私はリリース後に内容をどんどん更新していけるものに関しては、コンセプトや方向性さえ定められたら、あまりややこしく考えず、まずはリリースするよう心掛けています。そして、マーケットから返ってきた反応を基にまた練り直すのです」

確信があるから失敗も恐れない

新しい動きをするときには、誰しも壁にぶつかることがあるだろう。特に、「今までにない価値を生み出す」という挑戦をするならなおさらだ。上土氏に、これまで苦境に立たされた経験について尋ねると、意外なことに、「日々は失敗の連続」なのだという。

「私は、失敗してもうまくいくまでやれば良いと思っています。なぜそう思い続けられるかと言うと、1つは、成し遂げたいことを突き詰めたときに、それが社会の課題であることには変わりないからです。社会にはあらゆる規制や構造があり、その中で課題や矛盾が明確に生じている限りは、必ず誰かによって解決されるべきでしょう。それを確信しているからこそ、失敗してもあくまでプロセスと捉え、アプローチや方法を変えて何度でも頑張れるのです。
 もう1つの理由としては、私が自分自身のことを信用しているからですね。『自分にはできる』という自信を持っていて、それは小さい頃から変わらない負けず嫌いな性格があってのこと。ある意味で、自分の究極の強みだと思います。
もちろん、失敗したらショックを受けますし、傷付きもします。でも、『社会やマーケットに対してどんなことを成し遂げたいのか』が原点にあり、その軸さえぶれなければ、あとはやるだけです。挫けている暇はないですね」

 

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