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井上 尚弥 NAOYA INOUE
1993年4月生まれ。身長164.7cm、リーチ171cm。父・真吾氏の指導で小学1年生からボクシングを始める。高校時代はインターハイや全日本選手権などを制し、史上初となる高校生アマチュア7冠を達成した。2012年、大橋ボクシングジムに入門してプロ転向し、国内最短タイ記録となる4戦目で日本王座を獲得。6戦目の世界初挑戦でWBC世界ライトフライ級王座、8戦目でWBO世界スーパーフライ級王座を奪取し、国内最速で2階級を制覇。7度の防衛に成功した後、王座を返上してバンタム級に階級を上げた。2018年5月25日にWBA世界バンタム級王者ジェイミー・マクドネルに挑戦し、3階級制覇を狙う。
プロボクサーの井上尚弥氏が2018年5月25日、東京・大田区総合体育館で、WBA世界バンタム級王者ジェイミー・マクドネルに挑戦する。プロになって15戦無敗13KO。“怪物(モンスター)”という異名で呼ばれることに納得してしまうほど、パーフェクトとも言えるレコードで快進撃を続ける同氏を、天性の才能に恵まれたボクサーだと感じる人は多いだろう。しかし、同氏自身は「ボクシングに対する自信は、日々の練習の積み重ねで培われている」と強調する。バンタム級世界戦の直前に行ったインタビューにて、その真意に迫った。
相手を細かく研究することはない
ボクシングの世界チャンピオンを認定する主要団体は、世界ボクシング協会(WBA)、世界ボクシング評議会(WBC)、国際ボクシング連盟(IBF)、世界ボクシング機構(WBO)の4団体。それぞれの団体の各階級に世界チャンピオンが存在する。WBO世界スーパーフライ級王座を7度防衛した井上尚弥氏は、同王座を返上し、階級を上げて2018年5月、WBA世界バンタム級チャンピオン、ジェイミー・マクドネルに挑む。その世界戦を2ヶ月後に控えた同氏に、まずは対戦相手の印象を聞いてみた。
「マクドネルは、タフで体力のあるチャンピオンだなと思います。身長は178cmもあるし、リーチも長い。僕のアマチュア時代からの対戦相手を思い起こしても、これだけ身長差がある選手と戦うのは初めてです。現在の練習は、マクドネルを想定したスパーリングがメインですね。僕は対戦相手の過去の試合は1、2試合の映像をさらっと見て、相手のパンチの打ち方など動きの癖を把握する程度にしています。何試合も観て、相手の動きや弱点を研究するようなことはしないですね。僕とは違う選手と戦っている過去の試合を見ても、僕との試合で同じ戦い方をしてくるわけではありませんから。そういう意味では、過去の試合はそれほど参考にしません。相手のイメージが分かればそれで良いと思っています」
より強い相手との対戦を求めて
通常、世界挑戦をする選手はその前に一度、調整のための試合を挟むケースが多い。しかし井上氏は今回、階級をバンタム級に上げてから、ダイレクトにチャンピオンへ挑戦することになった。
「僕は王座挑戦前に前哨戦を挟みたいというこだわりはないので、ダイレクトに挑戦できるのはむしろありがたいと思っています。正直なところ、スーパーフライ級では他団体のチャンピオンとの統一戦など、自分の望むような強い相手との試合がなかなか実現できなかったので、モチベーションを維持することに難しさを感じていました」
2014年当時、11連続防衛中だったWBO世界スーパーフライ級チャンピオンのオマール・ナルバエスをわずか2ラウンドでKOし、2階級制覇を達成。それ以来、井上氏は同階級で7度の防衛戦に臨んだ。しかし、「対戦相手に物足りなさを感じることが多かった」と率直に話す。
「僕のモチベーションは、自分の強さを試合で証明すること。それに尽きます。階級をバンタム級に上げたのは減量苦だけが理由ではなくて、強い相手と戦いたかったから。ナルバエス戦のようなインパクトでマクドネルを倒したいですね。今、イギリスではボクシングの人気が高まっています。だから、イギリス出身の彼を倒せば、僕のことを覚えてくれるファンがイギリス人の中にも出てくると期待しています」
「観戦してくれたファンを驚かせるような試合をして勝ちたい」と語る井上氏。しかし、もしマクドネルを倒してチャンピオンになれたとしても、WBA世界バンタム級にはスーパー王者のライアン・バーネットが君臨している。スーパー王者とは、WBAが認定している特別な王座で、他団体の同階級王者との試合を制して統一王者になった選手や、自身のベルトを5回以上にわたって防衛した正規王者に贈られる。つまり、同氏がマクドネルを倒して正規王者になったとしても、同団体の同階級にもう1人、世界チャンピオンが存在するのだ。
「スーパー王者のバーネットもイギリスの選手なので、まずはマクドネルを倒し、その次はイギリスに乗り込んでバーネットを倒したい。そうして、WBAのバンタム級チャンピオンが僕しかいない状況にすることを目指しています」
ボクサーが体重制限を守るのは当たり前
ボクシングが過酷なスポーツとされる理由の1つに、減量がある。ボクシングの試合は、体格による筋肉量などのハンデを生じさせないため、体重別に分けられた階級ごとに行われる。それゆえ、試合前日の計量までに各階級の制限体重の範囲に収まっていないと、正式な試合が成立しない。例えば、井上氏が挑むバンタム級の体重制限は、52.163kg超~53.524kgだ。
「平時の体重は、61~62kgくらいです。スーパーフライ級にいた頃は、これを試合前の計量で52kgに、つまり10kgくらい落としていました。バンタム級だと約53.5kgが制限体重になります。わずかな差に思えるかもしれませんが、ボクサーにとっての1.5kgは大きな違いがあるもの。だから減量もスーパーフライ級時代と比べると、多少は楽になりますね。
僕の場合、減量に入るのは試合の1ヶ月ほど前から。トレーニングをしながら食べる量を減らしていくのが基本です。摂取するカロリーを抑えて消費を増やす―このように考えると、ダイエットと同じだと感じるかもしれません。しかし異なるのは、期日までに必ず指定の体重の範囲に収めなければならないことと、前日に計量をした後、5~6kgは増量して自分が万全に動けるくらいの体重にする必要があるところです。長い時間を掛けて減らした体重を、1日でまたできるだけ戻す。ボクサーの減量は、そこまでを計算に入れて行っているんです」
減量は、それが影響してコンディションを崩し、満足な状態でリングに上がれない選手もいるほどに厳しいものだ。食事制限もあるためメンタルに及ぼす影響は大きいと思われるが、井上氏は減量中にメンタルが崩れることはないという。
「減量中にイライラすることなどは、僕はないですね。もちろん、減量は大変できついです。でも、体重制限というルールがありますから、それをクリアするのはボクサーとして当たり前のことです。減量中は体力も筋力も落ちるので、練習量を考えながら、オーバーワークにならないように気を付けていますね」
目的意識を持って練習を楽しむ
井上氏は毎日、午前と午後、2時間ずつトレーニングをしているそうだ。練習は筋力トレーニングや走り込みなど、地味な内容も多い。日々の練習を継続するにあたって苦労することはないのか。
「恐らくビジネスパーソンの皆さんも、毎日同じような仕事をすることがあると思います。僕がしている練習も、それと同じことではないでしょうか。僕は毎日、練習を楽しいと思って取り組んでいます。他人から見れば、同じことをただ繰り返しているように見えるかもしれません。でも、毎日を生きていると、自分が考えることも日々、変わるものです。だから、そうしたひらめきや心変わりをきちんと練習に反映できるよう、練習メニューにテーマを与えて『今日はこれを試してみよう』といったように、漫然とではなく目的意識を持って練習に取り組むようにしています。つまり、同じことをしているように見えて、実はそうではない。常に新しいテーマを取り入れながら練習をしているんです」
同じ練習内容でも、そのテーマは毎日変わる。その分、井上氏の練習は非常に濃密なものになるのだ。
「何も考えずに人から与えられた練習をしているだけでは、優れた選手にはなれません。同じ時間に同じ練習を2時間やるとしても、自分で工夫して考えてできるかどうかで、その結果には大きな差がつきます。しかも、試合では練習でやったことしか出せないんです。つまり、練習でできなかったことが試合でできるなんてことは、まずありえない。毎日中身の濃い練習をして、その中でコツコツと積み重ねたことが体に染みついていく。それでも、本番の試合では、練習でうまくいったことの6割くらいが発揮できれば良いほうですね。
自分が練習でできたことの100パーセントを本番で出し切れた経験は、これまでのキャリアではまだありません。そういう意味では、そこが自分の伸びしろだと思っています。また、試合を重ねるごとにできることが増えていくのは楽しいですね。練習を重ね、試合をするたびに新たな課題が生まれ、その課題を克服していく。そうして自分のできないことを、練習を続けることで少しずつ減らしていく。その過程が純粋に楽しいんです。技術的な引き出しは多ければ多いほど良いですし、まだまだ自分には新しい引き出しがたくさん残されていると思うので、その全てを自分のものにしたいです」
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