巻頭企画天馬空を行く
何気ない観光がヒントに
それまでヘキサゴンに制作を依頼した顧客は、延べ3万5000人以上にものぼっていたという。その大勢の顧客に向けて、何か新しい提案ができないか──。そこで社長は、有能なカメラマンやデザイナーを自社で抱えている強みを生かし、フォトスタジオの展開を考えた。
「家族向けのフォトスタジオは、大手も参入しているし、目新しさもないので勝ち目がないと思いました。では、どうすればいいのか。そんなことを、1年近くずっと悩んでいたんです。
転機が訪れたのは、2016年2月のこと。実家の金沢に家族を連れて里帰りをしていたとき、兼六園を歩いていると、金箔が巻かれたソフトクリームを買って、楽しそうに写真を撮っている女の子たちがいました。決して安価なものではないのになぜ買うかというと、彼女たちは思い出が欲しいのであって、さらにそれを写真に収めてSNSなどで紹介したいのだろうな、と。それを見てピンと来ました。ちょうどその頃はインバウンド需要が高まり、訪日観光客の受け入れが進んでいるというニュースが流れていたんです。日本に訪れたら、やはり観光の思い出が欲しいはず。それも日本らしさが前面に出るもので、かつ写真を撮って、色んな人に見せたくなるような──。そのとき、『甲冑を着て撮影するフォトスタジオ』のイメージがすっと思い浮かんだのです。甲冑なら、日本人でも着てみたい人は多いでしょうし、七五三などにお子さんが着用するのもいいかもしれない。きっと、既存のお客様も喜んでくださると思いました」
甲冑を通じた忘れられない体験づくり
このひらめきを形にしようと、中村社長は急ピッチで準備を始めた。オフィスの一画をスタジオにするため内装工事や設備の導入も当然必要だが、それ以上に甲冑メーカーの理解と協力を得ることが先決──そう考えた中村社長は、メーカーに思いを熱心に伝えたという。
「『世界中の人々にとっての、忘れられない1日をつくる』。それが、私たちのコンセプトです。そこで、甲冑姿の撮影にイベント性やエンターテインメント性を付随させて、訪れた方に最高の『体験』や『思い出』をつくってもらいたい。そうやって、日本や侍の魅力を発信し、新しい可能性を見いだしていく役割を担いたいのです。こうした思いを真剣にお話しさせて頂いたところ、メーカーの方もご協力してくださることになり、さらに着用されたお客様のご希望があれば、甲冑を販売させて頂くこともできるようになりました。甲冑の販売はメーカーの業務領域になりますが、それでも許可を頂けたというのは、私たちがあくまで『物』ではなく『体験』を提供したいのだということ、その体験を経て甲冑の魅力に触れた方にだけ販売したいのだということが、きちんと伝わった証拠だと思いますから、こちらとしても嬉しかったですね」
それからは、フォトスタジオづくりが本格的に進められていった。スタジオを立ち上げる際、すでに甲冑を着用するサービスを提供している会社は数社あったというが、ただ着て終わりではないという部分で方向性は大きく異なっていた。しかし、これから類似のコンセプトを掲げる会社が現れないとも限らない。そこで中村社長がこだわったのは、そう簡単には真似できないものを取り入れて、クオリティの高さで差別化を図ることだった。
「1つは、人物撮影をしたものに違う背景を合成する、写真のクロマキー合成を売りにすること。どれだけ凝ったセットをつくっても、もっといいセットがあるスタジオが出てくる可能性がありますからね。また当社の場合は、デザイナーが常駐しているため、撮影してその場で加工できるのも強みです。質の高い合成で、まるで映画のポスターのような仕上がりになるんですよ。
それから、ポージングにもこだわりました。格好良いポージングで撮影したほうが見栄えは格段に上がりますから、最初からポージングは特別なものにしようと決めていたんです。そこで、あのクエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』に出演し、殺陣振付も担当した島口哲朗さんにコンタクトを取って、ポージングの監修をお願いしたところ、ありがたいことにご協力頂けることになって。島口さんは日本の剣術と伎芸を融合した『剱伎道』というオリジナルメソッドの創始者で、映画の他に国内外の舞台やショーイベントなどにも出演されている方。世界的にご活躍されていて知名度もあるため、海外からのお客様にも喜んで頂けるんです」
小さくても、感動を生む仕事を
構想からわずか6ヶ月後の、2016年8月に「戦国フォトスタジオSAMURAI」をオープン。甲冑のラインナップやポージングまでこだわり抜いたサービスを、自社のスタジオとスタッフで提供できるという利点を生かしてリーズナブルな価格帯で売り出した。スピーディな展開の中、これほどの質を実現するのは並大抵のことではない。モチベーションになっているのは、中村社長の強い情熱だ。
「お客様の思い出づくりに立ち会うというのは、責任とプレッシャーがあることなんです。だって、もし海外から来たお客様がご満足頂けないまま帰られてしまったら、その方が日本で楽しんだこと全てが台無しになってしまう。リベンジしようにも、その方はもう二度と日本に来ることはないかもしれない。あるいは、還暦を迎えた記念に、甲冑を着て撮影をされる方もいらっしゃいます。その方の人生における大事な節目に、失敗作を提供することなんて許されないでしょう。それくらいの緊張感を持ちながら、お一人お一人に真摯にご対応させて頂くのが、私たちの仕事です。
規模の小さな会社が何を大げさなことを言っているんだと思われるかもしれませんが、実は昔、まだペーパー事業を始めて間もない頃にお客様から頂いた言葉がずっと心に残っていましてね。そのお客様は大手の広告代理店に勤めていた方で、結婚報告はがきの作成を依頼してくださったんです。使用するお写真に非常階段のマークが写っていたので、特に深く考えることもなく修正で消して、その状態で納品しました。すると、後日メールが届いて、そこには『こんな細かな部分まで気付いて、対応してくださったことに感動しました』と書かれていたんです。そのときに自分の中でこの仕事に誇りを持つことができましたし、『小さなことでも、人を感動させられる仕事をしよう』と思えるようになりました。『規模じゃない。自分たちにできることを精一杯やれば伝わるものはあるはずだ』と」
戦国時代を生きた武将の言葉
決して平坦ではなかった経営者としての道のりの中で、中村社長に影響を与えた言葉がある。それは、戦国時代の終わりに活躍した名だたる武将、伊達政宗の言葉だ。取材時に中村社長自身も着用していた伊達政宗の兜と言えば、弦月の前立てが特徴的。彼が残した辞世の句は、その“月”にまつわるものだ。
「『曇りなき 心の月を 先立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く』──暗闇の中を、曇りのない月の光を頼りに突き進むような人生だった、という句です。これを私は、月・・・言わば自分の信念や義となるものを、満ち欠けを繰り返しながらも、ずっと心に持ち続けていきなさいと、そのように解釈しました。伊達政宗公は、あと10年早く生まれていたら天下を取っていたとも言われている人物。波瀾万丈の人生で、悔しい思いや絶望を何度も味わったはずですが、それでも最期にこの句を詠んだのです。この言葉は、経営においてそのまま生かせる教訓になるものだと思います。結局のところ人生も会社も、ずっと満月のような状態とはいかないわけですが、自分にとっての正しい行いを続けていくことでこそ、結果は付いてくるのでしょう。
私は『一隅を照らす』という言葉も好きなのですが、ここにもまた、伊達政宗公の句に通じる意味があるんです。これは一隅、つまり自分のやるべきことを全力で行い、自分の持ち場を照らしていくべき、という考え方。そんな人が増えていけば、自ずと社会全体が明るく照らされていきますよね。『会社』を逆さにすると『社会』となるように、私は『会社は社会の鏡』だと思うんです。会社は社会のルールを遵守して経営しなくてはなりませんし、そうして社会の流れに合わせていける会社だけが残っていくもの。そして規模の大小に関わらず、そんなたくさんの会社が集まって『社会』になっていくわけですから、自分たちの会社=一隅の明かりを社会に反映する存在、ということになるのです。
伊達政宗公の句を知り、私がやりたいのはまさにこういうことだと感じました。お金や地位ではなく、夢や希望を持っていられるほうが自分としては幸せですし、それを失うことなく、愚直に一隅を照らし続けていかなくては、と思うのです。それが結果的に、周りの方を楽しませることにつながるはずですから」
東京・代々木にある「戦国フォトスタジオSAMURAI」は、甲冑を着て撮影ができる体験型スタジオだ。三英傑、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の甲冑をはじめ、真田幸村、伊達政宗、石田三成など戦国時代の有名な武将たちのモデルが揃っている。撮影のポージングはハリウッド映画「キル・ビル」への出演と殺陣振付を担った、サムライソードアーティスト「剱伎衆かむゐ」の島口哲朗氏が監修。本格的なクロマキー撮影を行った後はプロのデザイナーが即座にCG加工を手がけ、ポスターやTシャツ、トートバッグなどのオリジナル印刷グッズもその場で制作され、持ち帰ることができるという。撮影プランも複数用意されており、中には「親子プラン」や「還暦プラン」「女子会プラン」といったユニークなものも。戦国武将好きや観光客はもちろん、忘れられない体験を味わいたい人にこそ、ぜひおすすめしたいスタジオだ。
■ 戦国フォトスタジオSAMURAI—
公式ホームページ http://samurai-pictures.jp/
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