巻頭企画天馬空を行く
何かを犠牲にした労働に終止符を
ラーメン店の場合、「自分で額に汗して、スープを一から炊くべきだ」と考える人も多いだろう。しかし本間氏曰く、「店で炊くことが必ずしも美味しさに繋がるかというと、決してそうとは限らない」という。
「例えば、九州産の原料であれば東京に届くのに2日はかかるでしょう。締めてからそれだけ時間を置いてしまうと、スープを炊いているうちに強い匂いが出てくる。結果、その匂いを消すために店で香味をたくさん入れることになり、うちのように純度100%のスープにはなりえない。それに、仕入れる原料や仕込みの担当が変われば、味もなかなか安定させられません。
うちのスープを仕入れれば原価率こそ多少上がるかもしれませんが、仕込み時間は大幅に短縮され、人件費や光熱費、食材のロスや廃棄物といったゴミ処理の費用もカットできます。つまり、利益率に大きな差は出ないのです。そのうえ、常に安定した味を提供できるわけですから、店舗のオペレーションを考えるならメリットは大きいのではないでしょうか。また、商業施設などにも出店しやすくなります。商業施設では出勤可能時間がきっちり定められているため、営業時間外にスープを炊く時間がとれませんし、そもそも強い匂いの出る仕込みは周囲の店舗にも迷惑がかかります。そこで弊社のスープを使えば、仕込みに時間をかけることなく、ちゃんと新鮮で美味しい味を提供できます」
本間氏はさらに、ラーメン業界の長時間労働問題について思いを語る。
「たくさんの人を雇えるお店ならいいですが、独立開業したてで、1〜2
人でお店をまわしながらスープを炊いていたら、自分や家族との時間を大切にするどころか、寝る時間すらまともに確保できません。立ちっぱなしの重労働が続き、休みをとれる日もほとんどないでしょう。そうすれば必然的にサービスの質や味も落ちてしまいますし、家族との関係も悪化してしまうかもしれない。『何かを犠牲にしないとラーメン店経営はできない』・・・僕はこの現状に違和感を覚えるのです。お客様を幸せにするだけでなく、自分もちゃんと幸せになれるラーメン店経営を、弊社のスープでサポートさせて頂きたいですね」
“味を分ける”ラーメン店開業サポート
さらにクックピットでは、店舗へのスープ販売以外にも力を入れている事業がある。新たにラーメン店を開業する経営者に向けた、独立開業支援の「味分け」事業だ。
「『味分け』は、弊社が提供するスープ・麺・タレを使った店舗経営を、開業準備からオペレーションまでトータルで支援するシステムです。通常のフランチャイズやのれん分けのようなノルマやロイヤリティは一切なく、かかる費用も加盟金の60万円と月々の諸経費8000円だけ。飲食系フランチャイズの加盟金としては破格でしょう。また、研修も短期間で終了し、継続した指導を受ける必要はありません」
もちろん、スープのアレンジや独自のメニュー開発も自由に行うことができるとあり、既存の開業支援制度とは一線を画している。
「ラーメン店を新規に出店したいという方が、フランチャイズに加盟するよりもずっと安く、もっと挑戦しやすくなるといいと思っているんです。ちなみに、弊社には都内に直営店があり、そこは『味分け』のモデル店舗としても機能しています。実際にスープを味わいながら、お店の内装やメニューをつくるにあたっての参考にして頂きたいと思います」
東南アジアを皮切りに世界へ進出
現在、クックピットのスープはラーメンだけでなく、モツ鍋や水炊きといった鍋、居酒屋や焼肉店で提供するスープをはじめ、多種多様なメニューに使われている。また、ゴルフ場や給食センターからも声がかかるなど、国内での販路をますます拡大している最中だ。そうした中、海外への展開にも力を注いでおり、2017年にはタイで鶏のスープ工場を稼動させる予定だという。
「タイは、アメリカ・ブラジル・中国と並ぶ鶏の4大輸出国の中で、イスラム教の食事の戒律において合法とされる『ハラル認証』を唯一受けています。そのため、タイであればイスラム教徒でも食べられるスープをつくることができるんです。海外進出を考える日本企業が、現地でいい原料が確保できなかったり、スープづくりのノウハウを盗まれたくないといった場合などに、ぜひ弊社のスープを使って頂けるようにしたいですね。同時に、ローカルの企業に対してもアプローチをかけていきます。ASEAN地域は自由貿易で関税撤廃になりますし、タイからヨーロッパまでは陸続きですから、色々な国に広まっていくといいかなと。また、ハラルは宗教上の条件だけでなく、衛生・品質管理においても厳しい基準をクリアしないと認証されませんから、逆に言えば、安心安全なものだけを提供していることの証にもなるわけです。
それと、海外進出を機にスープの無菌パック化も検討しています。無菌パックにすれば常温保存が利くようになりますから、冷凍車や冷凍庫が必要なくなってコストダウンに繋がります。併せて、極力ダメージを与えずにスープを加熱できる、大型のジュール加熱器をつくれる理論を持つ商社とも出会えましてね。これが成功すれば、どんどん可能性が広がっていくことでしょう。こうやって、弊社のスープを全世界へ広げていくために目標や計画を立てているとね、本当に心からワクワクするんですよ」
美味しさをどこまでも追い求める
出会いやタイミングも味方につけながら、壮大な展望を描き、着実に実現を目指す本間氏。グローバルな規模で事業展開を図る氏だが、一方で今の夢を問うと、あまりに素朴で、そして温かみのある答えが返ってきた。
「僕の心にはずっと、最初に赤のれんで働きながら感じていた、『家で留守番をしている奥さんや子どもたちにもこの味を届けてあげたい』という思いがあります。それは、全国各地、世界中の家庭に対しても思うことです。そのために今は、色々な場所にある飲食店に向けてスープを提供しています。
でもそれだけではなく、ゆくゆくはコンシューマー向けの商品をつくりたいんです。これはまだ思案中の段階ですが、例えば、この味をラーメン用スープというより、調味料のように使える商品ができたら面白いなと。無菌パックの固形調味料にして量販店に置いてもらい、お味噌汁に1つ、カレーに1つ、隠し味として加えたら、ものすごく角のとれた丸い味になる──そんな商品が提供できたら最高ですよね。
僕はどこまでいっても、ただ美味しいものを追求したいだけ。経営者だけど、経営者にはなりきれない。どこか料理人気質の人間なんです。だから、『原料のコストをもっと落としたら』『添加物を使ってもっと効率化を図ったら』・・・そんな風に自分の魂を売って“経営者”に徹した瞬間、売り上げが一気に伸びるかもしれませんね。でも、僕はこだわりを捨てられないんです。たとえ広がりは遅くても、本物だけを世に出し続けていきたいと思っていますから」
(取材:2016年10月)
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