巻頭企画天馬空を行く
自分が感動した味を、大切な人にも
安定した地位を離れて1からラーメン修業の道へ。洗い場からのスタートだったが、意欲も経験もある本間氏は、その仕事ぶりを認められてすぐに盛りつけの仕事に回された。
「板前時代に徒弟制度の厳しさに慣れ、レストランではオペレーションを完璧にこなしてきましたから、何においても負ける気はしませんでした。でもね、スピードだけは負けたんです。小さなお店でしたが、平日のランチタイムで200名以上お客様が入るので、とにかく回転率が凄まじい。しかも、赤のれんの麺はたったの20秒で茹で上がる。それで、しばらくはずっと手元ばかりを見て作業していました。それから2ヶ月ほど経った頃でしょうか。やっと少しは作業に慣れてきて、ふと顔を上げてみたんです。すると、西麻布という土地柄もあり、そこには芸能人やお金を持っていそうなサラリーマンばかり。『俺が気に入ったこの味を口にするのは、こういう人たちだけなのだろうか』という思いが、頭をよぎりました。家で留守番をしてくれている奥さんや子どもたちは、この味を知らないまま人生を終えてしまうのか?・・・」
その現実に居ても立ってもいられなくなった本間氏は、店主に「赤のれん」の多店舗展開を申し入れた。本間氏の真剣さに、店主も話を聞き入れてくれたという。そして、多店舗展開に掛かる莫大な費用に関しても、店主のツテで大手水産加工品メーカーから出資してもらえることになった。
「ただ、そのときに突きあたったのがスープの問題でした。例えば、1日100人しか来ないような小さなお店でも、1ヶ月で1トンのスープを使います。1トンのスープをつくるには1トンのガラが必要ですが、100kgの豚1頭からとれるガラはわずか8kg程度。『街の肉屋から調達してくればいい』なんて発想では到底できないんです。それに、良質なスープの仕込みには8時間かかります。営業時間が11時間だとして、片付けに1時間、それに仕込みを入れたら20時間。仮にも大手企業の孫会社にあたるのに、さすがにこの労働時間はまずいだろうと。
そこで、お店でつくるのと同じスープを工場でつくろうという発想に切り替えました。当時、日本には濃縮スープや化成品の工場はあっても、良質なストレートスープを大量につくれる工場はありませんでしたが、原料の調達と併せて大手食肉加工品メーカーの協力を仰ぐことができましてね。3年がかりで5トンの常圧釜の設計をして、新たに工場をつくることができたんです。そして、結果的に『福のれん』という名前で18店の店舗展開に成功しました。そこで編み出した一連のノウハウが、今のクックピットの事業のベースとなっています」
ストレートスープへの強いこだわり
その後、「福のれん」が親会社に統合されることとなり、そのタイミングで本間氏は独立を決意する。ストレートスープの製造に活路を見出し、店舗経営ではなくスープ製造・販売事業を軸にしようと考えたのだ。こうして2006年に、クックピットは誕生した。しかし、独立してしばらくは売り上げがほとんど立たなかったという。
「ラーメン店がスープを業者から仕入れる場合、従来はスープを濃縮して小さくし、それを店舗で加水して使用する濃縮還元型スープが主流でした。お店で溶かしてそのまま使用できるストレートスープを業務用で商品化したのは、弊社が最初なんです。では、なぜ大手をはじめ他社が手がけてこなかったかというと、輸送コストが馬鹿にならないから。ストレートスープを運ぶには冷凍車が必要ですし、その上、液体をそのまま運んでいるのと同じだけかさ張ります。また、保管場所も確保しないといけません。優秀な経営者は賢明ですから、最初から失敗が予測できることに手を出さないのです。でも、僕には答えが見えていなかったからやれました。ただ純粋に、美味しいものを提供したいという情熱だけで動くことができたんです」
会社設立当初の導入店舗数は30店舗ほどだったが、5年ほど経った頃から一気に注文が増え、需要が高まっていった。このことについて、本間氏は「時代が追いついてきたのを感じる」と話す。
「今は安ければいい、という時代ではなくなってきました。皆、多少高くてもちゃんと美味しくて安全なものを求めています。その点、うちは質について一切の妥協をしていません。製造にあたっては現在、食肉処理場の敷地内にある工場に協力して頂いていますから、朝締めた鶏や豚をすぐに下処理し、その日のうちに特注の常圧窯で炊き出すことができます。それを、そのまま瞬間凍結してお店へ届けるので、誰でも簡単に上質なスープがつくれるのです。
一方、濃縮還元型のスープだと、店舗で大量に水を加えて沸騰させるため味にばらつきが出ますし、当然、質も落ちてしまいます。それを美味しくするのに化学調味料を使うという方法がありますが、そうすると食べていて非常にノドが乾くし、食べ終わると胸焼けがするようなスープになってしまうんです」
質を追求するなら絶対にストレートスープ──そう確信を抱いた本間氏は、さらに味にこだわり、研究を続けた。
「素材の鮮度が最も出るのは、野菜でも何でも“甘味”です。そこでスープ開発では、アミノ酸の“旨味”ではなく、ペプタイドの“甘味”を追求しました。その甘味の強いスープに醤油や味噌、魚醤といった日本の発酵調味料を合わせることで、一気に旨みとコクが出て、クセになる味わいが生まれるわけです。僕は板前の経験が長いからこそ、素材の味を活かしたいという思いが人一倍強いのかもしれません。
現在、弊社のスープは大きく分けて豚白湯、鶏白湯、豚鶏白湯、牛白湯の4種類あり、それをさらに濃度で分けていますが、いずれも鮮度は抜群、しかも無添加です。このスープに、自分のお店のタレや油などで味を加え、オリジナルのスープとして提供することができます。ベースが非常にシンプルな弊社のスープだからこそ、こうしたアレンジも行いやすいのです」
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