巻頭企画天馬空を行く
人を助け合いに導く“場”の創造
自らの為すべきことを悟り、少年時代を終えた兼元氏は起業に向けて歩み始める。(株)オウケイウェイヴは「助け合いの場の創造による幸福の実現」を理念に掲げているが、この“場”への意識は当時からあったそうだ。
「コミュニティはよく公園に喩えられるのをご存知ですか?公園は、雰囲気・規約・ルール・システムの4要素で成り立っていて、実はそれらがそこにいる人の立ち居振る舞いを決定しています。緑豊かな美しい公園にはゴミを捨てようと思わないし、ゴミを捨てるなという規約、あるいはゴミを捨てたら罰金幾らというルールがあれば、よりそうしなくなる。もっと言えば、ゴミになりうる物を持っている人はそもそも入園できないシステムを用意すれば、間違いなくゴミ1つない公園になる──つまり、場の在り方で人の行為は変わるということです。この喩え話は大抵のコミュニティに当てはまり、最も上位階層にあるシステムをガチガチにすると誰もそこに入れなくなってしまうから、4要素のバランスを上手く保つ必要がある。それをクリアした上で、助け合いを引き出せる場所を創れば、そこにいる人たちは自ずと“助け合いに参加する人”になるはず・・・これが、OKWAVEの原点の思想ですね」
自分のことを変えられるのは自分しかいないと語る兼元氏は、説教者のように人に対して助け合いを説くことはせず、場の規定によって人の行為そのものを助け合いへと導く方法を見出したのだ。
「とは言え、最初にビジョンが見えただけで、当時は文字通り何も持っていませんでしたけどね。一度は志したデザインの道が仲間との人間関係の問題で絶たれ、知り合いをあてにやって来た東京でも仕事が見つからず、衣食住さえままならないまま、それこそ公園で生活していましたから(笑)。でも、たとえ絵空事だとしても、私のようにいじめられたり人間関係が上手くいかない経験をした人間が、感じたことや学んだことを共有して、同じように苦しんでいる人を助けられる場所があれば、世の中はもっと良くなる。そのことだけは確信していたので、必ず実現させようと思っていました」
その言葉通り、兼元氏は置かれた苦境をものともせずに上京からわずか3年で起業を果たす。1999年、(有)オーケーウェブ設立。さらに翌2000年にはQ&Aサイトとして今や誰もがその名を知る「OKWAVE」の運営を開始し、以後、多様に派生することとなる助け合いの場の礎を築いた。
「起業前にWebデザインの仕事をしていた時、制作の不明点をBBSで尋ねると“そんなことも分からないのか”と追い出されてしまったことがありました。その経験もOKWAVEの着想に大きな影響を与えてくれたのですが、いくら助け合いのための場を創ると言っても、人間が形成するコミュニティですから多少のいさかいは起こります。“体内に風邪菌が入ってくると白血球がやっつけるように、人には自分と違うものを攻撃する免疫系というシステムが備わっている”。これは私が幼少期に入退院を繰り返していた頃の主治医の言葉です。つまり、私たちが関係者・部外者、日本人・外国人というような対立思考を持っているのは、ある意味で自然なことなのです」
コミュニティが持つもう1つの側面、攻撃性や排他性について、兼元氏はこう語る。その上で、課題解決のために大切なのは「ビジョン」であると指摘した。
「少し大きな話になりますが、私たち人類が今、種としてどの段階にいるのかという思考はとても重要です。アーサー・C・クラークのSF小説『幼年期の終り』になぞらえるなら、人類は幼年期なのか、それとも老年期なのか。私としては、個々人で優秀な方はたくさんいるにもかかわらず戦争1つ止められない人類は、まだ幼年期なのではないかと思っています。つまり、コミュニティ内で大人同士が何か言い争っていたとしても、種のレベルで見れば“子どものケンカ”(笑)。けれど種として未熟であるということは、まだまだ成長の余地があるということでもあります。もちろん、私自身も一緒に幼年期の中にいることを忘れてはいけませんが、そこから種としての“大人の世界”を想像しつつ、焦らずに一歩ずつ進んでいけば、コミュニティが抱える課題は解決されていくと思います」
人が尋ね、人が答えることの価値
改めて言うまでもないが、OKWAVEの全サービスの中心には、「誰かが疑問や悩みを尋ねて、別の誰かがそれに答える」というコンセプトが置かれている。しかし、情報化社会において人が知りたい情報を手に入れる方法はいくらでもある。極端な話、検索エンジンにキーワードを入れるだけで目当ての情報が見つかるというケースも少なくない。そんな中で、「人が尋ね、人が答える」という行為にはどのような価値があるのだろう。
「昔は、知識の中心地と言えば図書館でした。古代ギリシアのアカデメイアには、文字通り世界中の知識が集められ、そこで検索をすればどんな情報でも手に入った。しかし、当時から“知識は得るだけで交換しなければ意味がない”と言われ、だからこそアカデメイアの設立者であるプラトンは対話を重んじたわけです。自分だけで検索し、得た情報というのは当てた光の一面でしかない。それはたとえ専門家の知識であっても例外ではありません。とある腫瘤の治療法は、東洋では温めろ、西洋では冷やせ──じゃあそのどちらが正解なのかと言えば、それは誰にも分からない。そもそも知識や情報には、唯一の答えなんてものはないんです。むしろ、知れば知るほど分からないことが増えていく。けれど、検索エンジンでは検索された情報に対して閲覧数という多数決による優劣がついてしまう。そのことを全否定するつもりはありませんが、知識や情報を得る手段がそれだけになってしまったら、やがて行き着く先は全体主義でしょう。それは良くない。検索結果はあくまで結果として捉え、一人ひとりがああだこうだと考えたり、“あなたにとって必要な情報はこれだ”と指し示してあげたりして情報を並列化することが重要であり、それを実現できることこそが、OKWAVEの価値なのです」
機械による情報の集積と優劣化、それに対する人間の考察と並列化。兼元氏の思慮は、情報化社会における正しい情報との向き合い方にまで及んでいる。彼はさらに、「OKWAVEにおける累計質問数よりも累計回答数のほうが多い」というデータからも、Q&Aシステムの特長を見出す。
「例えば私が、昼食に美味いラーメンを食べたとします。そしてそれをSNSに投稿するわけです。“駅前で美味いラーメン屋を発見!”と。さて、その情報を得たどれだけの人が喜ぶと思いますか?恐らく反応してくれる人の大半は、“仕方ないな”と思っている知人ですよ(笑)。それじゃあこっちとしても情報の出し甲斐がない。ところが、“デートで使えるお洒落な店を探しているんだけど、どこかいいところ知らない?”という質問が目の前にあったらどうです?質問に答える形ならば情報が一方通行になる不安がないから発信しやすいですし、受け手としても自分の質問に答えてくれる情報ならば有り難みは何倍にもなる。このようにQとAが揃っている場においては、情報を発信するという行為に対するモチベートが全然違うんです。
これは、実は企業についても言えることで、いきなり何かのサービスや商品を開発して“こんなものを作りました!”と言っても、お客様は“はあ、そうですか。それで?”となります。逆に、今ある問題を解決するツールとしてそれを提案すれば、ものすごく喜ばれるわけです。そういう意味でも、人が人の悩みに答えるという行為にはそれ自体に大きな価値があると思いますね」
“共創”の担い手として
兼元氏が証明した「問題に対する人と人との情報交換」の価値は、世の中が複雑になっていく中で、個人間だけでなく個人と企業、あるいは企業同士の間でも高まっていくものであるという。例えば、昨今よく耳にするようになったIoT化。あらゆるモノが通信技術を持ち、互いに接続された状態になることで、より便利で快適な生活が実現しようとしている。しかしその一方で、接続し合ったモノの創り手である各メーカーは、ある共通の問題を抱えることになると兼元氏は予見する。
「分かりやすい状況を1つ挙げましょう。あなたは自分で撮った写真をPCに取り込み、Wi-Fiで接続されたプリンタで印刷しようとしたが、上手くいかなかった。この時、A社のPCとB社のプリンタとC社のWi-Fi、どこに問題があるのかという組み合わせはどれだけあるでしょう。考えたくもないですよね(笑)。そうすると当然、どこへ問い合わせたら良いのかも分からないし、もっと言うとそれは問い合わせを受ける企業にさえ分からない。こういった“確認しようがない状態”は、この先IoT化が進むに連れて間違いなく増えていきます。それを乗り越えるために必要なのが、“共創”という考え方なのです。経済界ではよく、競争戦略とか競合他社とかいう言葉が使われますが、企業の本義は他社と争うことではなく、世の中を良くすること。そのためならば、たとえ同業であったとしても協調関係を築くことは少しもおかしくないと私は思います。商品開発だけでなく、効果的な使い方とかトラブル時の対処法とか、そういうリテラシーの部分も含めて、ユーザー・企業・専門家が皆で共創していく。現実的にいきなり競合他社と直接協力するのが難しいなら、弊社が間に入れば良い。弊社は、共創を推進するための場やノウハウを豊富に持っているのですから」
兼元氏が思い描くのは、かつてのアカデメイアのように、あらゆる情報が集められ、交換され、新たなものが生み出されていく“共創の中心地”にOKWAVEを置くビジョンだ。その時、(株)オウケイウェイヴの企業としての立ち位置はどこになるのだろう。
「個々に抱えていた問題が、全員の共通問題として認知されるようになると、仕事のフェーズは1段階上がるようになっています。例えば、給与計算。全社員の給与を管理するというとてつもなく責任の大きな仕事を、私たちは外部の給与計算会社に委託することができる。それは、給与計算という問題が全社共通のものであると認知された結果、個々の組織から切り離すことに成功したからです。同じことが今、FAQシステムにおいても起ころうとしています。これだけ世の中が複雑化して、自社のFAQだけでは解決できない問い合わせも増えてきた。ただ、複雑化しているのは状況であって、お客様が抱えている根本的な悩みはシンプルです。例えばプリンタであれば、キヤノンさんでもエプソンさんでもブラザーさんでも、お客様の問い合わせの根本は“プリンタが動かない”こと。ならば、その共通の問題に対するナレッジをまとめて蓄積し、各企業のFAQの受け皿になれないか──そう考えて創業当初からずっと取り組み続け、16年かかってようやく形になりつつあるのが、「OKBIZ.」をはじめとする弊社のソリューション事業というわけです」
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