巻頭企画天馬空を行く
舟木一夫の掲げる、顧客満足の理念
舟木さんは、「演者のいない舞台を観に来るお客さんはいないし、お客さんのいない舞台に立つ演者もいない。お客さんと演者は五分の関係で、どちらが欠けても成り立たないもの。それに気づくまで、ずいぶん時間がかかったけどね」と語る。様々な回り道をしてたどり着いた境地。では、今の舟木さんはどんな思いで歌い手・役者として舞台に立っているのだろうか。
「お客さんに喜んでもらうためにしていること?歌い手としては、何よりも自分の声をキープすること。とにかくいい声をお客さんに届けることが僕の使命なわけだからね。そして時代劇を受け持つ役者としては、理屈抜きの娯楽時代劇をお客さんにお届けすることだね。力こぶを入れずに、気楽に楽しめるもの。時間で言えば1時間30分から45分くらいが理想で、その中でどれだけお客さんを楽しませられるか、そのために自分が何をすべきかということについては、常に考えている」
では、役者・舟木一夫が舞台に立つ上で最も大切にしていることとは──?
「チームワーク。これ以外にないよ。周りのスタッフがいるから舞台に立てる。歌い手の時もそうだけど、例えば、ライト1つ消えてしまえばそれで役者は見えなくなってしまうんだから。舞台をつくる時は、僕は座長という立場にあるとは言え、あくまでそのチームの一員なんです。同じ船に乗っていて、ひっくり返れば皆が海に放り出されちゃう。だから何がどう、僕がどうということではなく、僕を含めた全員がそれぞれの持ち場でベストを尽くさないといけない。
例えば、野球で言えば自分は立場的にピッチャーになるかな。でも、ピッチャーばかりが9人いたって野球はできやしない。僕がボールを投げないと試合は始まらないけど、僕のボールを受けてくれるキャッチャーがいなくちゃ話にならないし、もっと言えばバッターがいないのにボールを投げても仕方ない。ここで言うバッターというのは、お客さんのことだね。僕がいて周りの皆がいて、お客さんがいて、初めて舞台は成立する。それを理解した上で力を集結させることができれば、観に来てくれたお客さんの心にまっすぐ伝わるものなんだよ。そして我々芸人は、そうした舞台を楽しみにしているお客さんによって育てられるものなんだ」
チームワークの大切さ。これは舞台のみならず、あらゆる組織に対して言えることだ。それぞれに役割は異なるが、例えば会社に置き換えてみれば、社長だけでも、技術者だけでも、営業だけでも会社は成り立たないことは明白だ。それぞれがそれぞれの持ち場を全うすることができれば、その力は相乗効果によってとても大きくなり、ひいては顧客満足へとつながる。舟木さんは時代劇の公演では座長を務め、今なお大きな影響力を誇る。常に驕らず、そうした周囲との連係を常に考えているからこそ、今日までショービジネスの一線で活躍を続け、上質の舞台を提供し続けることができているのだろう。
本号発刊時には70歳の誕生日を迎えられている舟木さん。最後の質問として、舟木さんと同年代の経営者が抱えている問題の1つ、次世代への継承について伺ってみた。
「それは難しい質問だね。僕らの世界では、いつの頃からかつなぐべきバトンがなくなってしまったから。ただ、どんな組織でもしっかりと運営を続けていけば、自然と頭の役、腕の役、足の役というように、必要な存在は揃っていくものだと思う。同世代の社長さんなんかも多いのだろうけど、まずは自分が面白いと思うものを続けていけばいいんじゃないかな。今の時代は何かと大変なことが多いけど、今回の話のなかで共通項を見出し、活かしてもらえたならば、それは僕にとっても幸いなことです」
自身のこと、芸のこと、お客のこと。舟木さんには、これまでのキャリアを通じて抱いた想いについて、存分に語って頂いた。そして、舟木さん自身も50周年を経て、なお健在。2015年2月には、また自身の公演が大阪・新歌舞伎座にて行われる予定だ。そのステージは、きっと見る者にまた新たな感動と幸福をもたらしてくれることだろう。
(取材:2014年10月)
舟木一夫 特別公演
「花の風来坊 〜おとぼけ侍奮闘記〜」
2015年2月1日〜20日 大阪・新歌舞伎座にて公演
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