巻頭企画天馬空を行く
越智 直正 Ochi Naomasa
タビオ 株式会社 代表取締役会長
1939年、愛媛県生まれ。15歳で大阪の靴下問屋に丁稚奉公に入り、13年間働いた後に独立。1968年にダンソックスの商号で総合靴下卸売業を創業する。1977年に法人化し、(株)ダン設立。1984年、福岡・久留米市に靴下専門店「靴下屋」の1号店を開店した。2000年10月に大阪証券取引所市場第二部に上場を果たし、2002年にはイギリスのロンドンに「Tabio」1号店を開店するなど国内外への積極的な展開で、靴下の製造・卸・小売で国内トップ企業となる。2006年にタビオ(株)へと商号変更。2008年からは息子である越智勝寛氏に代表取締役の座を譲り、自身は会長として74歳となる現在も同社の靴下作りの第一線に立ち続けている。
──そう聞かれて満足に回答できる人の多くはきっと、「Tabio(タビオ)」の靴下を履いているはずであろう。過言ではなく、そう断言できる。タビオ(株)の靴下は、他のそれとは一線を画すほどに高い品質を誇り、「靴下屋」をはじめとする、同社が展開する靴下専門店が業界内で圧倒的な支持を得ているからだ。他のファッションアイテムよりは比較的単価の低い商品に特化しながらも、今や280店舗以上を有するタビオ(株)。その創業者たる越智直正氏に、品質にかける熱意と海外展開への想いを伺った。
インタビュー・文:吉松 正人
日本一の靴下の町が衰退している
さて、そんなタビオの創業者で、今も会長として同社を取り仕切る越智直正氏を訪ねると、まさに“破顔一笑”で迎えてくれた。「靴下の神様」との異名を持ち、業界内でも一目置かれる存在であることから厳格な人物を想像していたが、その表情からは温かい人柄が窺える。
さっそく靴下業界における現状を尋ねてみると開口一番、このように返ってきた。「広陵町を知ってはりまっか」
奈良県北葛城郡広陵町。タビオ本社があるなんばパークスから直線距離にしておよそ30km離れた、奈良盆地の静かな町。かぐや姫の伝承が残るこの町は、全国一の靴下生産量を誇る「靴下の町」としても知られている。
「私は、あの町のどこに何という靴下工場があるか、昔は目をつぶってでも言えました。しかし今は・・・かつての広陵町とは違う風景になってしまった」
靴下の町から、靴下を作る工場が減っている。近年、多くの商社やメーカーが製造コストを下げるため生産拠点を海外に移したことにより、倒産・廃業する製造工場が増えているのである。
安く作るのと安く売るのは違う
続けて、会長はこう語った。
「時代の流れからなのか、価格ばかりを考えて質の落ちた靴下が国内に流通するようになった気がします。しかしどのような商売であっても、物を安く作って売るのと、作ったものを安く売るのとは違う」
例えばある品物を原価300円で作って500円で売るのは「安くない」。しかし、原価1000円の品物を900円で売るのは「安い」。価格だけ見比べれば900円より500円のほうが下であることは間違いないが、消費者にとってどちらが価値のある品物かというと、それは言うまでもなく後者の品物である。支払った金額以上の価値を手にできるからだ。
「安値で売っている店が儲かるなんて、商売としてはありえない。もしも儲かるなら、それは本当に安いのではなく、あえて安く作られたものに相応の利益が乗っているということです。にもかかわらず、店舗や企業は様々な宣伝手段を使い、さも品質の良いものであるかのように見せかける。お客様は支払った金額以下の品物を手にされているケースもあるわけで、利益主義とはまさにこのこと」。
流通している靴下の中では、価格帯としては比較的高めの商品が多いタビオの靴下。しかし会長曰く「300円の靴下を作ろうと思えばいくらでも作れる」、そうではなく、品質にこだわった商品を製造し、見合った価格で提供する。タビオの靴下は、価格ではなく「価値」で勝負しているのである。
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