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ライバルクラブとの関係
一般企業に競合他社があるように、サッカークラブにも競う相手がある。その対象は一般企業よりもずっと明確、リーグ戦などで戦う他チームである。静岡県には清水エスパルスの他に、ジュビロ磐田というチームがある。エスパルスが未だ成し得ていないJリーグの優勝経験を持ち、数多の名選手を輩出した名門チームだ。
「同じ静岡県のクラブとして、ジュビロさんとはお互いに競い合っています。エスパルスのサポーターにも『ジュビロだけには負けてくれるな』という意識をお持ちの方が非常に多いですし、我々自身も他のチームと戦うより気持ちが高まります」
横長である静岡県は東部・中部・西部でそれぞれの地域ごとに、強い帰属性があるという。東のエスパルス、西のジュビロ、お互いが地域を象徴するチームとして戦うことは、地域の活性化へとつながっていく。
「リーグ戦の中では、お互いにホームとアウェイ(敵地)で1試合ずつ試合があります。『静岡ダービー』と銘打たれたこの戦いの前にはそれぞれの地域でも色んな盛り上がりを見せますし、そういった想いの部分を大切に、ジュビロさんとは今後も良いライバルとして戦っていきたい。理想はエスパルスとジュビロさんで優勝争いをすることでしょうし、それはジュビロさんも同じだと思います。もちろん、そうなったときに優勝するのはエスパルスですけどね(笑)」
経営者として、クラブの長として
Jリーグでは2013年度より「Jリーグクラブライセンス制度」の導入が決まっている。これはJリーグのクラブに「競技、施設、人事組織、法務、財務」の5分野、56項目にわたる審査基準を設けるもので、この基準をクリアできない場合は最悪、Jリーグからの退会も余儀なくされることになる。中でも財務に関して言えば、3期連続の赤字決算、債務超過といった項目は一番厳しい基準として定められており、Jリーグクラブはこれまで以上にシビアな経営を求められることになった。
「Jリーグは設立から20年が経過し、J1・J2を合わせて29都道府県、40チームにまでクラブ数が増えました(2012年度)。その中で、今度はクラブの『質』にこだわろうというのが今回のクラブライセンス制度導入の背景にあります。ただ、これは一足飛びでどうにかなるものではありません。財務や設備を含め、一歩一歩足場を固めながら進んでいくことが大事だと思っています」
しかし、一般企業であればコスト削減、無駄を省くことで黒字転換も可能になるかもしれないが、サッカークラブの場合はそうはいかない。いくら経費を削ったとしても、その結果チームが弱くなってしまっては元も子もなくなるからだ。
「例えば、今のエスパルスの総収入を見ると、スポンサーからの広告収入が約4割を占めています。もちろんサポーターの応援は何物にも代え難いですが、それはスポンサーについても同様。エスパルスとしては地域の応援のような形で皆様から支援を受けてきた分、これからはスポンサーにとってのメリットを具体的に示すような施策を考え、実行していかなくてはいけません。そのための1つが、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)への出場です」
ACLはアジア主要各国の国内リーグやカップ戦で好成績を残したチームだけが出場できる、アジア最強のサッカークラブを決める大会だ。Jリーグの場合、原則としてリーグ戦の上位3チームと天皇杯優勝チームがその出場権を得る。ACLはアジア全域で高い注目を集める大会であり、必然、そのユニフォームに記されたスポンサー名はアジア圏内を中心に高い広告効果を示すことになる。
「エスパルスのスポンサーにも、これから海外に打って出ようという企業があります。その時にエスパルスがアジアで戦うことで、その企業の名前も売る。これは企業にとっても大変大きなメリットになることは明白です。そして、先にも申し上げた通り、エスパルスの基本理念には『最強のチームを目指す』というものがあります。ACLは、日本国内でトップクラスのチームになることで、初めて出場できる大会。その場を戦い、結果を残すということは、エスパルスに関わる誰もが望んでいることなのです。また、ACLに出場するということで、アジア戦略を考える企業がスポンサーにつくということも十二分に考えられるでしょう。その意味でも、チームの強化は経営の安定と並んで非常に大切なミッションですし、ひいてはその2つはリンクしてくるものなのです。2012年のエスパルスは、ACL出場権を目標に戦っています」
しかし、そうなると1つの疑念が生まれてくる。エスパルスは1997年の経営危機以来、鈴与の傘下で運営を続けてきたクラブである。大口のスポンサーが増えることは、ともすれば鈴与の影響力が弱まることにもつながりかねない。
「私も鈴与に籍がある人間ですし、言わんとしていることは分かります。しかし鈴与が支援しているのは、あくまで『地域の代表』としてのエスパルスです。鈴与としてもエスパルスを地域全体で盛り上げてほしいと考えていますし、この地域でもっともっとエスパルスを支援する輪が広がればいいと考えているでしょう」
支援の輪が広がるということは、動くお金の額が増えるということでもある。動くお金が増えれば、エスパルスを中心に地域が活性化していく。それこそが、清水エスパルスというクラブが担う最大の地域貢献なのだ。
「そのためにも、我々はエスパルスというチームの価値を高めていかなければなりません。世の中はあいにくの不況下にありますが、その中で価値を示す。そして価値を見出して頂けた企業と手を取り合い、エスパルスというクラブを、そしてこの地域を一緒に強く、大きくしていきたいですね」
サッカーを通じた、様々な地域貢献
Jリーグでは、「Jリーグ百年構想」と呼ばれる理念を掲げている。緑の芝生に覆われた広場やスポーツ施設を作り、サッカーに限らずスポーツを楽しめる環境を創出し、スポーツを通して世代を超えた触れ合いの場を広げる。この理念を元に各クラブはそれぞれのホームタウンを中心とした地域振興に取り組んでおり、当然ながらエスパルスも例外ではない。
「エスパルスとしては、クラブの成績や経営もさることながら、今後はいかにサッカーの裾野を広げていくかということを考えています。他のJクラブにはサッカー以外のことを手がけているところも増えてきており、それはエスパルスとしても取り組んでいかなくてはいけないでしょうね」
エスパルスが裾野拡大施策の一環として行っているサッカースクールでは、現在約3400人の生徒たちが所属しているという。また、独自展開のフットサル場「エスパルスドリームフィールド」は、静岡県内で5ヶ所を数える。これらの取り組みは、静岡におけるサッカーの裾野拡大とともにもう1つの役割も担っている。雇用の創出だ。
「日本におけるプロサッカー選手の平均引退年齢は26歳と言われています。その点で言えば、プロサッカー選手がプロでいられる時間はそう長いものではありません。では引退した後の長い人生をどうやって生きていくのか。当然プロサッカー選手であった人たちは引退後もサッカーに関わる仕事を希望するケースが多いですし、我々としても、彼らにそのような場を提供していきたい。それに子どもたちも、昔スタジアムで観ていた選手が自分たちを指導してくれるとなれば嬉しいでしょう?
エスパルスでは、運営するサッカースクールの指導者として、現役を退いたOB選手が活躍しています。このような形で引退後の選手の進路を示すことができれば、プロサッカー選手を目指す子どもたちの親御さんが安心する要素にもなるでしょう。こういった裾野を広げる活動、そして選手が引退した後の道を作るという活動においては、先ほどはライバルとして名前を挙げたジュビロ磐田さんなども含め、他のクラブとも連携して取り組んでいかなくてはいけないと思います」
また、他チームと変わった視点として、エスパルスでは「エスパルスエコチャレンジ」と題した環境保全の取り組みも行っている。エスパルス内に「エコチーム」を発足させて紙コップ回収リサイクル推進や幼稚園・保育園の園庭芝生化支援、エコチャリティやエコマッチの実施、ホームゲームにおけるクリーン電力の使用やエコスポンサー制度などの施策を推進。また、鈴与グループの協力を受けてブラジルからのCO2排出権購入なども行っている。先代の早川体制時である2007年に始動したこのプロジェクトは地道な活動を続けることで成果を挙げ、2011年には「第1回カーボン・オフセット大賞」において環境大臣賞を受賞した。これは、日本のプロスポーツ団体としては初の受賞となる。
「環境問題が叫ばれる中で、プロスポーツクラブとしてもそのようなことに関心を持ち、アクションを起こすことで一石を投じていかなくてはいけないと思っていました。選手や監督、そして我々チームスタッフを含めて小さなことから意識を高く持っていく。中でも選手が関心を持って取り組みを行えば、その姿勢はファンや子どもたちにも伝わるでしょう。プロサッカークラブは、サッカーだけをやっていればいいというものではない。賞を頂けたのは光栄ですが、賞そのものよりも、そのような我々の想いが評価されたことが嬉しいのです」
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