巻頭企画天馬空を行く
世の中の空気と自社の強みを合致─
「野菜のサブウェイ」の確立
野菜のサブウェイ。内部のブランディングによって浮かび上がったその指針は、外的なブランドづくりにも大きな貢献を成していく羅針盤となった。そもそも店舗数が少なかったため、サブウェイ自体を知らなかった人が多かったのは事実。野菜が手軽に摂れ、健康に寄与するファーストフードというスタンスを打ち出せば、フックはある。実際、2005年からメタボリックシンドロームという言葉が普及し、総ダイエット時代の幕開けを迎えた。
「ある研究の結果では、2050年には世界の人口が90億に達すると言われていますが、日本人の人口は1億を切るそうですね。そのうち半分が65歳以上の高齢者となり、今の国家予算と同じくらい医療費がかかってしまう計算になる。つまり、今のままでいけば、確実に医療費だけで財政破たんを迎えてしまう計算になります。だからこそ、予防医学が推奨されて、『病気にならない身体づくりをしましょう』と声高に叫ばれているのも事実。ではその予防医学の最たるものは何かというと、食と運動なんですよね。だからサブウェイとしてもコンセプトで健康を謳う限りは、その問題に参入していく商品づくりをしなくてはならなかったわけです」。
健康への危機感として、野菜やヘルシーメニューが受け入れられる空気はすでにできている。ブランディングをするにはこれほど明確な道筋はないだろう。そして伊藤たちは、スープやドレッシングを含めて、野菜に特化したメニュー作りに明け暮れた。しかし、野菜にこだわる姿勢をとろうとした矢先、別の問題が降りかかる。農家をどう確保するかという、生産ベースの問題だった。 「サブウェイのサンドイッチは、レタス、トマト、ピーマン、タマネギという4つの野菜が主力です。野菜のサブウェイというからには、まずここにこだわりを見せないことには始まりません。そこで2007年から、さまざまな農家を訪ね歩くようになったんです」。
サブウェイは全世界的に農家との共存共栄の道を歩むことを是としており、日本法人もその例外ではなかった。ハム・ソーセージと同様に、エリアごとに農家を取りまとめ、工場を作り、7〜10年という長期契約でビジネスとしての安定感を約束する。そういう農業活性にも一役買うために、農家との契約栽培においても話し合いが重ねられてきた。2009年を境に、農業のプロフェッショナルやファーストフード業界以外から栽培に関する専門家・有識者を招き入れ、農業から生産まで一貫性のある素材ブランディングに着手したのだ。そしてここで思わぬ人物の名前が登場する。
「元プロサッカー選手の中西哲生さんとともに土壌開発から乗り出すことにしたんです。中西さんはご存じのとおり、今はサッカー解説者として活躍なさっています。彼は解説などの仕事とは別に、内閣府で環境問題などへも関わっており、農業への関心が高かった。ある方の紹介を通じて知り合ったのですが、農家を回りながら健康のための素材作りを進めていると話すと一緒にやりましょうということになって(笑)」。
中西という協力者を得たサブウェイは、そこから本格的な土壌改良に乗り出す。目指すは化学肥料に頼らない土壌。そのためには土を活性化させる工夫をしなくてはならないが、健康志向を謳う限り化学肥料という選択肢はない。そこで目を付けたのが・・・
「海のミネラル石です。十和田のほうに十和田石という石があるんです。実はその一帯はかつて海だったこともあり、石に大量のミネラル分が含まれている。水も非常に澄んでいますし、酸素の量も豊富。中西さんはアスリートだったため、酸素カプセルなどをよく利用していたそうですが、ご本人曰く『酸素カプセルの何倍も効くのが分かる』と驚いていましたから。その十和田石の効能は、例えば地鶏の飼育場にまくと、糞尿の匂いが消えるんですね。そして、もう1つ。竹を粉砕した粉を混ぜた、竹粉ヨーグルトというものがあるのですが、それを土に混ぜる。こういう自然肥料をつかって土壌を改良すると、やはり野菜も非常に栄養価が高くなるんです。旬のときに栄養価が高く安心して口に入れられる野菜・・・それこそがまさしくサブウェイの目指した野菜でした」
その野菜を使って出来上がるもの、それはアメリカからもたらされたレシピによるサンドイッチではなく、日本人向けのメニューだった。その試みは功を奏し、実に売上の75%を日本発のメニューが占めるようになっていったのである。全米ナンバーワンのサンドイッチチェーンに成長した 「SUBWAY」は、1965年にアメリカ・コネチカット州において、フレッド・デルーカという1人の少年がスタートさせたサブマリンサンドイッチの小さな店から始まった。それが2010年末には全世界で3万3749店となり、店舗数で堂々の世界第1位を獲得するまでに成長した。
サブウェイのふるさと・アメリカでは、人口1万人に対して1店舗が目標指数となっており、その目標は具現化されている。食文化の違うアジアやオセアニア地域では、アメリカと同等とはいかないまでも、10万人に1店舗という計算が立てられるという。つまり、日本で言えば、1200店舗から1300店舗といった出店数が基準となりえる。現在の出店数は300強。ステップアップの段階で、次に400店舗を目指すことになる。そのためのブランディングはすでに確立してきていると言える。
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