巻頭企画天馬空を行く
誰に対してサービスをするのか?
ある売店で陳がアルバイトをしていたときのことだ。お客が商品の試食をしたがったが、来店時間が遅かったため、試食品はほとんど残っていない状態だった。そこで陳は、「せっかく来て頂いたのだから」と試食品をかき集めたという。するとお客から「残り物を出すなんて失礼だ」とお叱りを受けた。良かれと思ってやったことが裏目に出てしまったのだ。今度は、やはり試食品が残り少ないタイミングで別のお客が来た。陳は前回の反省を踏まえて、粗相のないようにきっちりとしたものを作り、試食品として提供した。すると今度は「あなたね、ちょっとでいいのよ」といさめられたという。このどちらにせよ、相手が何を欲しているかを見極めない限り、満足感を感じてもらうことはできないのだと陳は理解したという。
「人の心とかその人の状況は、ちゃんと見抜かないといけないんだよな。大事なのは、どんなサービスをするかではなくて、誰にサービスをしているかということなんだ。お客さんもそれぞれだし、料理人だって皆が皆同じことをできるわけじゃない。お客さんが100人いたら、100人が満足できるひとつの基準を作るんじゃなくて、それぞれに違うやり方でいいんじゃないかな。そういう意味で、サービスをする側に、皆に同じことをやれというのは酷なことだし、あまり適切だとは思えないんだ」。
ポリシーややり方は人によって異なっても、「もう一度来ようと思ってくれるサービス」をするために必要なこと。自分たちのポリシーが詰まった味を変える必要はないが、お客をファンにするためには、それぞれの満足感を満たすことが重要だと陳は考えた。味はもちろんのこと、サービスの質である。
「うちの店はね、調理場にお客さんが入ってきちゃうの。お客さんがね、店員を呼んで聞くんだ。『今日は陳さんいらっしゃるの?』。俺がいたらさ、店員は必ず『ハイ、陳はおりますよ。よかったら調理場に行ってみますか?』と案内するの。で、お客さんが調理場に来られるでしょ?そしたらさ、料理人たちがウェルカムするわけよ。にっこり笑って『いらっしゃいませ!今ね、美味しいの作ってるからね』って。それって最高じゃん!?俺、逆の立場だったら本当に幸せだぜ。調理場でまで歓待を受けるなんてさ!帰り際にお客さんがおっしゃるわけ、『ありがとう、楽しかった』って。そんなこと言われたら、ほんと、『やったぜベイビー』だよな(笑)」。
サービスという一面において、このエピソードはごく基本的なことに聞こえるかもしれない。しかし、陳に言わせると、「こんなに素敵なことはない」と言える、まさにサービスの核になる部分だ。
「それが俺たちの仕事なわけじゃん。俺の場合は食べるのが好きだから趣味みたいなところもちょっとあるけどさ(笑)。もちろん料理人だって人間だから、生活の中でいやなことだってあるかもしれない。だからといってさ、料理人がため息つきながら作ってる料理を誰が食べたいと思う?料理場は普段お客さんから見えないところだけど、そういう気配って、伝わるんだよ。俺はさ、そういうことにきちんと配慮ができる、『人にちゃんと向き合って仕事をする』という仲間を増やしたいんだよ」。
教えるのではなくつながっていく
陳の弟子にOという人物がいる。Oは、現在ではひとつの店舗を任される料理長に育っているが、入社当時のOは自分から笑顔を見せることが苦手なタイプだった。しかし、四川飯店で修業をする以上は、陳としては何とか彼の笑顔を引き出したいと考えた。
「俺はOとしょっちゅうコミュニケーションをとることにしたわけ。『笑顔をつくれ』とか、そんな指導めいたもんじゃない。『O、元気か?ぁ?』『やってるか?ぃ』とか、ノリよく言葉をかけながらにっこり微笑むんだよ。するとOもね、うれしいのか、にっこり返してくるんだよ。『O、いい笑顔だな?。よしよし、頑張ろうな?』と。それだけなんだ、俺がやったことってのは。教えてできるものならば皆やってるよ。全ての人に同じことをやれっていうのは無理なことだと思うんだよな。むしろ、やれる人間を育てるほうが大事で、やれない人間は『よしよし』ってかわいがってやるくらいしかできない。だから、俺がいいと思う価値観を伝えていくときに必要なのは、教えるというスタンスではなくて、コミュニケーションをしっかりとることだと思ったんだ」。
こうした相互通行がスムーズにいっている証拠に、陳曰く、最近は弟子たちが陳のやることを逆に見抜いてくるそうだ。 「例えば宴会があって、大勢の集団の中に小さな子どもがいるとするでしょ?子どもって大人の宴会に交じるとどうしても退屈しちゃうからさ、何かしてあげたいと思うわけ。そういう状態を見て、弟子たちは俺を見抜いてくる。『陳さん、また何かやるぞ』って。『子どもがいるな。陳さん、子ども見てるな。ああ、きっとチャーハン作るとか言い出すな。よし、チャーハンの素材を用意しておこう』とね。そうしたら、俺が『おい、あの子にチャーハン作ってやんないか?』と声をかけるんだ。そういう意思疎通ができるようになってきたんだよ、うちの弟子たちは!」。
もちろん、全部が全部うまくいくわけではないだろう。しかし、陳が目指すのは、一流のサービステクニックではなく、お客に対する心遣いである。マニュアル化できない、人対人の優しさの部分を、言葉に頼らず教えている。陳のもとに集まるスタッフは、まさに陳の背中・陳の行動を見て、陳が料理を通じてお客を喜ばせていこうとする意識を感じ取っていく。
「例えば外部でイベント出演させてもらうことがあるんだけど、そういう時は教育をするいいチャンスになる。いいスタッフもいれば悪いスタッフもいるわけで、それを客観的に見ることができるから。だから、イベントが終わって、皆で飯を食うときに、必ず弟子たちに聞くんだ。『お前は今日のスタッフさんを見てどう感じた?』『お前があそこの料理長だったら、今日の出来に何点つける?』って。もしそこで、スタッフのよくない部分に弟子たちが気づいたら、同じことをするなよと諭すわけです。『お前が将来どこかの店を任されたときには、今日のようなことをしないように、しっかりと覚えておくんだぞ』ってね」。
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