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コラム

シネマでひと息 theater 15
良質な映画は観た人の心を豊かにしてくれるもの。それは日々のリフレッシュや、仕事や人間関係の悩みを解決するヒントにもつながって、思いがけない形で人生を支えてくれるはずです。あなたの貴重な時間を有意義なインプットのひとときにするため、新作から名作まで幅広く知る映画ライターが“とっておきの一本”をご紹介します。

この9月号が刊行される時期は、パリ2024オリンピックの熱狂と寝不足の日々がひとまず幕を下ろし、次なるパリ2024パラリンピックへとその盛り上がりが受け継がれている最中でしょう。今回の祭典でひときわ注目を集めたのが、新種目に加わった「ブレイキン」。「ブレイクダンス」という呼び名になじみのある方が多いかもしれません。1970年代、ニューヨークのサウス・ブロンクス地区で生まれたこのストリートダンスは、音楽に合わせて身体を躍動させるパフォーマンスや重力をものともしないアクロバティックな技が見どころであり、競技中は単に選手が踊るだけでなく、選曲を担うDJや会場を盛り上げるMCもまた、抜群の存在感を放ちます。

実は私、オリンピック予選の頃からこの競技に注目していたのですが、そもそもの興味を持ったきっかけは、1本の映画と出合ったことでした。それが、今回取り上げる中国映画『熱烈』です。本作はプロのブレイキン・チームの人間模様を描いた青春ストーリーで、タイトルから受ける印象通りの胸が熱くなる快作に仕上がっています。

プロダンサーを目指す青年の弛まぬ躍動

主人公チェン・シュオはいくつもの仕事を掛け持ちしながら、憧れのブレイキンプロダンスチームに加わるのを夢見る青年です。仕事が終わった後、どんなに疲れていても寝る間を惜しんで練習に打ち込み、誰も乗客のいない電車内でヘッドスピンに挑み派手に転んでしまうなど、もう頭の中は始終ブレイキンのことばかり。そんな中、きらりと光るものを持った彼の才能が、ブレイキンプロダンスチーム「感嘆符!」のコーチ、ディン・レイの目にとまります。

一方、このディン・レイは自らが運営する「感嘆符!」の方向性のことで悩みを抱えています。困ったことに、チームの核となるカリスマダンサーのケビンが練習にも参加せず、やりたい放題。そのうえ彼は、実力の足りないメンバーを解雇し、自分と組むにふさわしいすご腕の助っ人ダンサーを海外からどんどん招聘することを要求してきます。確かに、最高峰の腕を持つケビンがいないとチームは成立しません。でもだからと言って、彼だけが脚光を浴びるその自己中心的なパフォーマンスで、果たして本当に“チーム”と呼べるのか――。

プロならではの運営方針やスポンサー問題も加わりながら、ディン・レイの苦悩は続きます。彼がチェン・シュオと運命的に出会うのはまさにその矢先のこと。確かな才能と真っすぐな瞳を持ったシュオに、元選手でもあるレイは昔の自分を思い起こすかのように心を突き動かされていきます。

パフォーマーとコーチ、2つの目線がチームを勝利に導く

ひたすら前を向き続ける主人公チェン・シュオの情熱は紛れもないチームの原動力であり、本作の大きな魅力です。しかし、その単一のベクトルだけではなく、ディン・レイの試行錯誤、七転八倒もまた、映画の味わいをなおいっそう深めてくれます。ちょっとお調子者で、チーム内の兄貴分的な立場に立ち、間違いを重ねつつも、いつも周囲に頭を下げながらがむしゃらに突き進むレイの存在があってこそ、立場の違う彼とシュオの2人が鏡像的に響き合い、本作のストーリーをドラマチックに昇華させていくのです。

いかにしてメンバーの強みを引き出し、結束力を高めてパフォーマンスのレベルとチームの価値を上げていくか。その目的のために何を諦め、何を得るのか。はたまた、自分の中で凝り固まった「こうでなければ」という概念や束縛から解き放たれるにはどうすべきなのか。

私が心奪われるのは純然たるエンタメ作品である本作が、登場人物のこうした葛藤を決してなおざりにせず、思いのほか丁寧に描いているところです。チェン・シュオはパフォーマーとして、さらには1人の人間として成長を続け、その姿に感化されたディン・レイやチームメートもまた、シュオと同じ目標をしっかりと見据えて、おのおのの役割を全身全霊で全うしようとする。そうやって迎える全国大会の最終ステージはこの手の映画ならではの波乱づくめの展開ではありますが、心を1つに結び合わせた彼らはピンチすらもとっさの判断でチャンスに変えていきます。その様子はまさに無双状態。思わず笑ってしまうような演出(特に最後の大ワザ!)はあるものの、それすらステージの高揚感とドラマのうねりとして巧みに機能させてしまうので、われわれ観客もその仕上がりに安心して映画に身を委ねることが可能になるのです。

チェン・シュオ役は、このところ日本でも『無名』や『ボーン・トゥ・フライ』などの主演作が相次いで公開されているワン・イーボー。中韓合同男性アイドルグループ「UNIQ」のメインダンサー、リードラッパーとして活躍してきた彼だけに、映画というフィクションの中で説得力を持つリアルな演技と躍動感のあるダンスが、観る者の魂を爽やかに鼓舞してくれます。厳しい残暑をリズミカルに乗り切るのに最適な一服として、またビジネスの参考として、この『熱烈』、本誌の読者にも断然おススメです!

《作品情報》
『熱烈』
2023年 / 中国 / 配給:彩プロ
監督:ダー・ポン 脚本:スー・ビョウ、ダー・ポン
出演:ワン・イーボー、ホアン・ボー、リウ・ミンタオほか
9月6日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
 
ブレイキンプロダンスチーム「感嘆符!」は、社長の1人息子である力リスマダンサーのケビンが練習にも出ずやリたい放題。チームは代役を探さなければいけない状況に。そんな中、コーチはかつてオーディションを受けた青年チェン・シュオのことを思い出す。チェンは全国大会優勝の夢を持ってチームに加わり、仲間たちと練習を続け友情を築いていくが、全国大会を目前にさまざまな試練が降りかかる。
 
©Hangzhou Ruyi Film Co., Ltd.
 
 
《著者プロフィール》
牛津 厚信 / Ushizu Atsunobu
 
1977年、長崎県生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、映画専門放送局への勤務を経て、映画ライターに転身。現在は、映画.com、CINEMORE、EYESCREAMなどでレビューやコラムの執筆に携わるほか、劇場パンフレットへの寄稿や映画人へのインタビューなども手がける。好きな映画は『ショーシャンクの空に』。

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