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コラム

通算600勝の名手が語る 競輪界の魅力、 目指す明日

競輪選手 高谷 雅彦

 

競輪選手歴30年。50歳にして現役選手でも数名しか到達していない通算600勝を達成するなど、第一線で活躍し続けている高谷雅彦氏。現在は日本競輪選手会の青森支部長も務め、一選手としてだけでなく、競輪界全体の発展を見据えた活動をしている。そんな同氏に、今日に至るまでの道のりから、「KEIRIN」とは異なる「競輪」ならではの魅力、さらには未来の競輪界が盛り上がっていくための提言まで、余すところなく語り尽くしてもらうインタビュー。

父の勧めで競輪の世界へ

――高谷さんが競輪選手を目指されたきっかけから教えてください。
 
高谷 家が競輪場の近くだったこともあって、幼い頃から父に連れられて競輪を見に行っていました。父は公務員でしたが、社会に縛られることや人間関係のしがらみが内心では嫌だったのか、私には「競輪選手になりなさい」と口癖のように言っていて。その影響で、幼稚園の卒業アルバムにはすでに、「競輪選手になりたい」と書いていましたね(笑)。その後も、中学では持久力をつけるためにバスケットボール部に入り、高校からは自転車競技部に入って――と、うまいこと父の敷いたレールに乗せられて、私自身も特に他のものに目移りすることなく、高校卒業と同時に日本競輪学校へ入ったんです。私には2つ上の兄がいて、兄もまた競輪選手の道を歩んでいたため、その姿を見て「こんな感じなんだな」とイメージできたことも大きかったですね。
 
――競輪選手としてデビューされて、当時やっていける手応えはありましたか?
 
高谷 新人リーグでは、正直ほとんど手応えはなかったですね。競輪学校では同期の中で75人中35位という成績だったのですが、当時の新人リーグはデビュー後も同期同士のレースを走ることになるので、良くも悪くも力関係はすでにわかっているんです。だから、リーグ戦の成績も必然的に競輪学校時代と同じ感じで落ち着き、「まあ、こんなもんだろうな」と思っていましたね。
 

小さな階段を上り続けることの重要性

――そこからコツコツと勝ち星を積み重ねられた理由は何だと思われますか?
 
高谷 いきなり高みを目指そうとするのではなく、自分の立ち位置を把握しながら目の前の目標と向き合ってきたことが奏功したのかもしれません。新人リーグが終わり、同期以外の選手、先輩たちと走るようになって、そこで勝つことができると、「A級で優勝していけるかな」とイメージが湧いてくる。そうしたら、次はこれ、その次はこれ、と新しい目標を定めて、小さなステップアップを繰り返す中で気が付いたらS級まで上がっていたという感じです。また、肉体的な転換点も1つありました。ある先輩の勧めで鳥取にある初動負荷のトレーニング施設に行ったところ、最高速度が3キロも4キロも上がったんです。それを聞きつけた他の選手も同じトレーニングを試したのですが、私ほどの効果はなかったようで――自分にとって特別に相性が良いトレーニングに出合えたというのは、幸運なことだったと思います。
 
――レース中、勝つためにどんなことを考えているのか、ぜひ語ってください。
 
高谷 競輪は、例えば600mを時速70kmで走り続けられる選手がいれば、その人は必ず勝てます。しかし、当たり前ですが誰しもそんな脚力を持っているわけではない。それに、ただ速ければ勝てるのかというとそうでもなく、結局は「ゴールに一着で到達すれば勝つ」競技なのです。一瞬の速さではなく、レース全体を通してトータルで勝つこと。私は、基本的にレース中はそれだけを考えて走っています。実力的に正攻法で勝つことが難しい相手と対戦する時も、事前にその選手の特徴や得意としている戦法を頭に入れて、レース中に思い通りにさせないよう、走りながら組み立てているんです。また、私は「先行」することが多かったので、後ろに付いた選手にラストスパートで追い抜かれることがないよう、ゴール手前100mから加速することも意識しています。お互いが加速している状況では、絶対に抜かれることはありませんからね。
 

「競輪」と「KEIRIN」

――競馬や競艇など、他の公営競技と比較した時に、競輪ならではの見どころはどこにあると思いますか?
 
高谷 競輪と他の公営競技の一番の違いは、レースを“点”ではなく“線”として見ることがある、というところですね。競輪のS級にいるトップ選手たちは、人数が限られているためどのレースでも同じようなメンバーで走っています。だから、それぞれのレースは一発勝負のように見えて、実はそうではないんです。過去、現在、そして未来を線でつなぎ、同じメンバーで走るからこそレース中に表現される駆け引きや人間模様を含めて予想をする。それが、競輪を楽しむうえでの一番の醍醐味だと私は思っています。ある1レースだけを見れば、「なんでこんな展開になったんだ」とか、特定の選手に対して「なんでこんな走りをするんだ」とか、不満に思うようなことがあるかもしれません。でも、連続的な線として見ていけば自ずと納得できることが多いですし、長く見れば見るほど、次のレースの展開予想の精度も上がっていき、自分の推理がピタリとはまった時の「ほらね?」という快感につながるんです。特に、年末のグランプリに出場する選手は、レースの1ヶ月前には発表されますから、本番前にどんな展開になるのかを飲み屋さんで「ああでもない、こうでもない」と語り合うのが、ファンの方にとって大きな楽しみだと思います。
 
――近年、競輪をスポーツ化しようという動きが進んでいます。そのことについて、率直にどう感じられますか?
 
高谷 オリンピック競技に、競輪から派生した「KEIRIN」があり、こちらは個人戦で純粋な速さを競うものなのですが、確かに最近は若手選手を中心に、「競輪」も「KEIRIN」のようにスピード重視で考える人が多くなっているように感じます。もちろん、個人同士の能力勝負にもおもしろさはありますが、どんなに若くてスピード豊かな選手も、いつかは年を取って衰えていきます。そうなれば個人で勝つことは難しくなり、自ずと隊列を組むこと、つまりラインをつくることの大切さを知るようになる。そこで、従来の「競輪」をする必要が出てくるわけです。それに、運営側も競輪からギャンブル性を排除してスポーツとして見てもらおうと動いていますが、私は正直「そんなことする必要はないのにな」と思います。先ほども言ったように、競輪はオリンピックのような一発勝負の世界ではありません。同じ選手たちによるレースがずっと続いていくものなんです。その中で予想していくことを楽しんでくださるファンの方々がいて、初めて成り立つ競技だと思っているからこそ、私はこの先も「競輪」を続けたいし、その独自性は守られるべきだと思いますね。
 

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