コラム
キャンプやサバイバルに関するアウトドアスクールを主催しているイナウトドア合同会社の森豊雪代表が、アウトドアの魅力をお伝えする連載コラム。うららかな日差しが降り注ぐ春は釣りに最適な季節だが、水難事故も少なくない。そこで今回のテーマは「水の怖さ」だ。堤防釣りなど釣りの経験も豊富な同氏が、海沿いで釣りを楽しむためにぜひ知っておきたい、水に関する注意点を指南する。
◎春は釣りに適した季節
人によって意見は異なるかもしれないが、5月は1年の中で最も心地よい時季の1つではないだろうか。山や森の緑がみずみずしく感じられる新緑の季節は、海に吹く風もまた心地よく感じられる。要するに、アウトドアに繰り出すには絶好の季節なのだ。
海で体験できるアウトドアの中で最もポピュラーなものの1つに「釣り」がある。船釣りや磯釣りも人気だが、とりわけ堤防釣りは子どもから大人まで初心者でも楽しめる釣りで、天気の良い休日は釣り場の堤防前が家族連れでにぎわう。
以上のような理由から、当初は釣りの楽しさについて書こうと思っていたのだが、「大人のアウトドア考」という当連載の趣旨を踏まえ、まずは安全面について書いておくべきではないだろうかと考え直した次第。そこで、今回は水の怖さについて触れていきたい。
◎水難事故の要因について
言うまでもないが、釣りを行うのは水場の近くであり、そのような環境において注意すべきは水難事故である。毎年、「海の季節」になると多発するこの水難事故は、海、川、湖など水のあるところでは避けがたい問題だ。
ただ地震などの自然災害と異なるのは、ある程度は事故を想定でき、事前に備えられる点だろう。「ある程度」と留保しているのは、事前の備えがあっても実際には事故が起きてしまうケースが存在し、想定外の事態が起きているためだ。今回のコラムが、そうした想定を上回る事故を少しでも減らすための参考になれば幸いである。中でも海沿いで釣りを行うケースを考慮し、「波」に関する考察を中心において論を展開してみたい。
海岸でしばしば目にするコンクリートブロックは「消波(しょうは)ブロック」と言われている(一般的には「テトラポッド」と呼ばれているが、その名称は日本では(株)不動テトラの四脚ブロックの登録商標である)。波を砕き、壁や建造物などへの影響を低減するその消波ブロックの上では、釣りは禁止されていることが多い。なぜかというと、万が一そこから転落すれば、例え水面の近くであったとしても水から顔を出して呼吸ができる状態を確保しにくいためである。
消波ブロックの隙間からでも、波で水位が上下する状態はイメージいただけるかと思う。自分の体が波で浮いても、消波ブロックに邪魔されて水没したままになってしまい呼吸ができない――このように、釣りを「禁止」としているのにはそれなりの理由があるのだ。
また、足元を滑らせての落下のみならず、堤防ではしばしば高波などにさらわれて海に放り出されてしまう類いの事故も起きることがある。「どうして波がかかるような場所で釣りをするのだろう?」と疑問に思われる方もいるかもしれないが、最初から波に打たれながら釣りをする方はほとんどいないはず。
では、それならなぜ波にのまれてしまうのか。そもそも、波はどうして起きるのか。それを理解するためには波のメカニズムを知っておく必要がある。「風によって波が起きるのだろう」と漠然と考えている方も多いのではないだろうか。しかし、陸の上ではほとんど風が吹いていないにも関わらず、荒れ狂う魔物のような打ち寄せる大波が生じるケースも珍しくはない。どうしてなのだろうか?
◎高潮と高波の違いとは何か?
波の種類には津波、高潮、高波などがある。地震で発生するような津波はさておき、高潮と高波について触れておこう。高潮とは低気圧などによる海面の「吸い上げ効果」によって起きる波のことで、海面が盛り上がる様子をイメージしていただければわかりやすいかもしれない。他方、高波は風によるもの。気象庁のホームページにはその高波について、「海上で風が吹くと、海面には波が立ち始め、立ち始めた波は風の吹く方向に進む。波が進む速さ(以下、波速)より風速が大きければ、波は風に押されて発達を続ける。このように、海上で吹いている風によって生じる波を“風浪”と呼ぶ。風浪は発達過程の波に多く見られ、個々の波の形状は不規則で尖っており、強風下ではしばしば白波が立つ。発達した波ほど波高が大きく、周期と波長も長くなり、波速も大きくなる」と記されている。
一方、「風浪が風の吹かない領域まで進んだり、海上の風が弱まったり風向きが急に変化するなどして、風による発達がなくなった後に残される波」(気象庁のホームページより)が “うねり”である。うねりは同じ波高の風浪と比較すると、規則的で丸みを帯びた形状で、波の峰も横に長く連なっているので、ゆったりと穏やかに見えることもある。しかし、うねりは風浪よりも波長や周期が長いために水深の浅い海岸(防波堤、磯、浜辺など)付近では、海底の影響を受けて波が高くなりやすい。
したがって、沖合からきたうねり(その代表的なものである土用波は、1000km以上離れた沖からやってくる場合もある)が海岸付近で急激に高波になる場合があり、波にさらわれる事故も起こりやすいので注意が必要だ。
以上のようなことを踏まえると、海沿いで釣りを楽しむためには、まずは風と潮流を確認することが肝要。また風がなかったとしても高い波が来るケースもあるので油断は禁物である。
その他、自分の身を守るためにライフジャケットの着用もお勧めしたい。堤防などで釣りを行う時はつい安全意識も薄れがちになるうえに、人間の脳には「正常性バイアス」という機能が備わっている。何かトラブルが起きるたびに過剰に反応していては疲弊してしまうので、心の平穏を保つための認知の特性のことだが、災害に見舞われた時などはそれがあだになってしまうことも少なくない。「自分は大丈夫だろう」と誤認し、避難行動が遅れる要因になるからだ。
私も子どもを連れてよく堤防釣りなどに行ったものだが、その際の安全対策が十分だったかというと自信がない。付言すれば、波が高い場合だけでなく、周囲が暗い時など、コンディションが悪い時には特に細心の注意が必要だろう。アウトドア活動を楽しむためにも、安全対策の重要性を十分に認識したうえで出かけたいものだ。
森 豊雪 学業修了後はエネルギー関連の製造会社に入社し、30年以上にわたって勤務する。55歳を迎えて新しい道を模索。もともと趣味で活動していたアウトドア分野で起業することを決意し、イナウトドア(同)を立ち上げた。現在は、オリジナルアウトドアグッズの開発や、サバイバル教室などの展開、自然保護のボランティア活動に注力している。 ※保有資格 ・NCAJ 認定 キャンプインストラクター ・JBS 認定 ブッシュクラフトインストラクター ・日赤救急法救急員他 ■企業情報 イナウトドア 合同会社 〒238-0114 神奈川県三浦市初声町和田3079-3 ■URL https://www.inoutdoor.work/ @moritoyo1 |