コラム
「海外展開を進めていくうえで、特に現地の人の気質やものの考え方が知りたい」。そんな声にお応えして、海外ビジネスの経験を豊富に持つ(株)サザンクロスの小田切社長が、世界各国の国民性を解説!より良い人間関係を構築することは、ビジネスの大きな成果へとつながるはずです。第15回は、前回に引き続きアラブ人についてお話しします。
皆様こんにちは。(株)サザンクロスの小田切武弘です。本誌の2020年9月号から、海外でビジネスを進める際の現地ローカルスタッフへの接し方や、仕事の依頼の仕方、スムーズなコミュニケーションの取り方などにフォーカスしたコラムを連載しております。
前回はアラブ人気質やアラブ諸国でビジネスを進める上で重要なポイントを6つ紹介しました。今回は、それぞれについて掘り下げて考察してまいります。
① 時間に対する観念の違い
アラブ人はプライベートな時間はもちろん、ビジネスの現場でも時間に対する観念が日本人や欧米人とは異なり、商談のアポイントメントの日程をきっちり守るアラブ人ビジネスマンは(欧米や日系企業で仕事をする方を除き)ほぼいません。そもそも約束の時間に遅れることが悪であるという観念を持っていないため、時間にタイトな日本人ビジネスマンはストレスを感じることが多々あるかもしれません。
そのため、次回のミーティングの日時についてはメールや電話で担当者だけではなく、出席予定の全員に複数回の確認を行うことが重要になります。また、当日の打ち合わせ項目を箇条書きにした予定アジェンダリストを1枚作成して、事前にメールしておくのも効果的です。時間通りに始めたいのであれば、予定時刻より少し早めに準備をしてもらうよう、はっきりこちらの意志を伝えておきましょう。
② ハムラビ法典の教え
アラブ人の心の中には「ハムラビ法典」の教えが今でも根強く流れていることを前号でお伝えしました。日系企業や日本人ビジネスマンは、ビジネス・プライベートを問わずアラブ人と接する際には胸襟を開き、物静かに笑顔で素直に対峙することがベストです。その上で、自分が正しいと思っていること、イエス・ノーについては明確に相手に伝えていきましょう。
イスラム教徒は1日に5回、メッカの方角に向かってサラート(お祈り)をする必要があるため、その時間は相手の宗教上の大切な儀式であるとリスペクトして、ミーティングの時間などを融通することも重要です。そのように思いやりの気持ちを持って接していると、次第に信頼関係を築くことができるはずです。
③ 富裕層が多い
いくつかの公表されているデータを見ると、100万米ドル以上の資産を持つ富裕層が世界で最も流入してくるのが、UAEであると言われています。そのため、ドバイの近代的な超高層ビルや美しい街並み、アラブ人の民族衣装にはお金持ちのイメージを抱く人も多いでしょう。そういった一面もありますが、実際のビジネスではその逆であることのほうが多いです。UAEの場合、全人口の約90%が他のアラブ諸国やインド、アフリカなどからの流入者であり、UAEで一旗上げようと出稼ぎに来ているケースがほとんど。つまり、前号で私が紹介した「広い敷地にプールがあり、高級車に乗っている」人の多くは、家も車もレンタルで自己所有はしておらず、実はお金回りに困っている、ということも往々にしてあるのです。
そのため、初めてまたは取り引き回数の浅い相手とビジネスを行う場合には、掛け売りは絶対にせず、全額前受け金、あるいは取消不能信用状での取り引きを行い、B/LもサレンダーにせずオリジナルB/Lを入金確認後、輸入者に渡し貨物を引き取らせるようにすることを強くお勧めします。アラブ人ビジネスマン=リッチであるという先入観は消したほうが安全です。
④ 明日のことは神のみぞ知る
アラブ人の会社と取り引きをしていて、契約書締結後に100%その通りに進むことはまずありえません。期日までに発注しない、最終発注内容確認後であっても平気で商品や仕様、数量の変更依頼がくる、契約書の内容に記載されていないことでも「後出しじゃんけん」的に他の条件を出してくる、海外送金についても当然のように支払い遅延がある等々···発注から納品までの間には通常のビジネスでは考えられないような事態が多発するため、日本人ビジネスマンは覚悟を持って商談に臨まねばなりません。繰り返しにはなりますが、実際の入金が確認されるまでは受注商品の製造発注をしないことが鉄則です。この部分について少しでも脇の甘い対応をすると後で取り返しのつかない結果になりかねないので、十分に注意しましょう。
⑤ 素性を明かさない
前号で触れた通り、アラブ人の会社は、中小企業だけでなく大手企業でも多くの場合は書面上で個人の素性や会社の内容を正しく明かすことは少なく、取引先の業績やデータを取得することは困難です。
このことをネガティブに捉えるならば、国際ビジネス上で何か不都合あるいは不適切な商取り引きがあったとしても、責任追及が困難だということになります。少々荒っぽい言葉で突き詰めて言うならば「騙すより騙されるほうが悪い」という風土なので、日本人ビジネスマンはうかつに巻き込まれないようにすることが重要です。
⑥ 高いプライドで自己主張し、 自我を粘り強く通す
上述してきた内容にも表れていると思いますが、アラブ人はとにかく自己主張が強く、自我を通すことについてはほぼ共通している性質です。日本人ビジネスマンからすると自分勝手に見える部分も多く、話し合いについても粘着質なところが見受けられます。欧米や日本人のビジネスマンは「アラブ人とのビジネスは疲れる」という印象を抱きがちです。
日本人ビジネスマンはどちらかというと商談やミーティングをうまくまとめようという意識が強いので、どうしても相手に合わせてしまう傾向があります。しかし、初めからこちら側が折れて妥協する姿勢を見せてしまうと、アラブ人ビジネスマンのペースに巻き込まれてしまうのです。そこで、「ハムラビ法典の教え」に倣い、私たち日本人ビジネスマンもある程度は自分勝手にというか、自分たちの主張や意見を通すところは通して譲らないのだという態度で臨むようにしましょう。ただし、あくまで話し合いは紳士的かつ論理的に進め、決して感情的にならないように。筆者も今までこのやり方を貫き、アラブ人ビジネスマンのほうから妥協点を提案したり歩み寄ったりしてくれたことは多くありました。
いかがでしたでしょうか。バックボーンが大きく異なるアラブ人ビジネスマンとビジネスを行う際、油断はできませんが、たとえ考え方の違いで言い合いになったとしても、メリハリを付けて真剣に向き合えば必ず双方にとってベストな落とし所が見つかるはずです。良好な信頼関係を構築すれば、素晴らしい取り引きにも発展するでしょう。
次号からは、今までお話ししてきた各国のビジネスマン気質を総括しつつ、日本人ビジネスマンが海外でビジネスを成功させるために必要なこと、心構えについて、2回に分けて語っていこうと思います。どうぞお楽しみに。
(次号へ続く)
株式会社 サザンクロス 代表取締役社長 小田切 武弘 海外志向が強く、学生時代に海外留学を経験。学業修了後は、大手電気機器メーカーや飲料・食品メーカー、総合商社など数社にわたって、米国、インド、韓国、東南アジアといった諸外国に駐在。その中で、海外でのビジネスに苦戦する日本企業の存在を知り、自らのノウハウを提供したいという思いが芽生える。2017年7月7日、企業の海外展開をサポートする(株)サザンクロスを設立した。 http://sc-southerncross.jp/ |