コラム
どんなに順風満帆な企業であっても、将来事業の業績を悪化させていく可能性のある要因は必ず存在するもの。それらは経済、マーケット、地政学的なことなど外部の事象に起因するものと、各企業の内部に原因があるものとに大別できる。この連載では、内部的な要因で企業業績を将来悪化させていく可能性のある事象を、「企業経営の黄色信号」と呼んでいく。それを踏まえて、「CONCERTO」の代表で経営アドバイザーの荻野好正氏が、定性的な面と財務的な面からのアプローチで、経営者として気を付けるべきことや、いかに企業の「黄色信号」を認識していくべきかについて解説する。第5回は、財務の数値から見つける黄色信号について論を展開していく。
当連載も今回で5回目です。お読みいただいている皆様、ありがとうございます。今回からは財務諸表関連について、もう少し定量的なお話をしたいと思います。財務の数値から黄色信号を見つけるには、どのような指標をよく見ていくべきか。まずは、キャッシュフローの重要性についてお話しします。第3回でも少し触れましたが、キャッシュフローをもっと見ていただきたいという思いから、しつこいようですが再度この点に触れていきますので、どうぞお付き合いください。
キャッシュフローの重要性
「財務三表」という言葉はご存じだと思います。損益計算書(PL)、貸借対照表(バランスシート=BS)、キャッシュフロー計算書(CF)の3つを合わせたものの総称です。一般的に、上場企業など規模の大きな会社では、この財務三表を合わせて見ながら経営していきます。しかし小規模の会社では、PLとBSのみを見て、どちらかというとCFはあまり見ていないという経営者の方が多いのではないでしょうか。税務申告書にCFの提出を求められていないのがその主な理由だと思いますが、税理士さんもCFをおつくりにならないところが多いようです。「PLは意見、CFは真実」という言葉があります。ご存知の通り、PLはある会計基準に基づいて作成されるものなのです。売り上げの基準(出荷ベース、検収ベースなど)、在庫の評価基準(先入先出法、総平均法など)、仕入れ基準など、これらの基準のつくり方によってPL上の利益は変わってきます。それに対してお金の動きを反映しているCFは誰が計算しても同じ結果になるので、「真実」と見なされるというわけです。利益がどんどん上がっていて業績が良いと言われていても、売掛金の回収が思うようにいかなければ会社の資金も回っていかず、最悪の時には破綻してしまう。いわゆる黒字倒産のことです。
CFの中には3つのキャッシュフローがあります。営業活動でいくらのキャッシュが生み出されているかを測定する営業キャッシュフロー、設備投資、株式投資などでいくらのキャッシュを使ったかを見る投資キャッシュフロー、資金調達や借入金の返済がどの程度であったかを測る財務キャッシュフローです。営業活動の成果としてどれだけの「売り上げ」や「営業利益」が上がったかではなく、営業活動からどれだけの「キャッシュ」が生み出されたのかで会社の営業活動を評価するかということになります。営業が稼いだキャッシュのどれだけを将来の成長のために設備投資をしたか。これらをバランスさせることがとても重要なのです。例えば、毎年1億円の営業キャッシュが生み出される会社で、毎年2億円の設備投資をしていくとしたら、毎年1億円の資金調達をすることになり、何年かすると会社が借金まみれになってしまいます。大きな先行投資的な支出(設備投資、新規事業の開始など)がある時は別として、定常的な期間の設備投資は営業で稼いだキャッシュの範囲でやっていくことにより、むやみに借入金を増やすことを防げるのです。営業キャッシュフローと投資キャッシュフローを足したものを、フリーキャッシュフロー(=FCF※経営者が自由に使えるお金という意味)と呼びますが、これを最も重要な経営指標の1つと考えていくことが必要になります。
このキャッシュフローにあまりなじみのない方は、御社のPL、BSからCFを計算されてみてはいかがでしょうか。中小企業庁のホームページに「会計ツール集」という便利な計算ソフトがあります。ぜひそれらを参考にされて、自社のキャッシュフローに触れていただきたい。今までのPL、BS中心の風景とはまったく違った経営状況の景色が見えてくるはずです。将来的には、「脱PL、キャッシュ重視」のマインドを社内で醸成していければ素晴らしいと思います。
管理会計上で特に注視すべき項目
キャッシュフローが重要な指標だと申し上げた矢先にPL項目の話しが出てきて申し訳ありませんが、やはり売上高、営業利益、販管費などの項目は、絶対金額、前年同期比、前月比、予算比などを月次でモニターしていくことが重要です。これに加えて、BS項目では在庫金額(前月比、前年比、売上比率)、建設仮勘定(増減の傾向)、設備投資金額(予算比、前年比)などは、よくモニターしてください。特に、仕掛品在庫や建設仮勘定は、担当者が割と自由に設定できる性格のものゆえ、増減などには要注意です。これらの傾向をきちんと月次ベースでモニターする中で、異常値が発見された場合にはすぐにその原因(真因)を調べてみることが肝要。担当者から納得のいく答えが出てこない、すぐに答えが出てこない、などのケースがあれば、これは黄色信号と考えるべきです。
最近よく使われるようになった管理項目に、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)というものがあります。これは、商品を仕入れてその仕入れ債務(買掛金)を払ってから何日間で商品を販売することによって売掛金を回収できているかを測る指標のことです。簡単な例を挙げますと、商品を仕入れて30日後に支払い、仕入れた商品を加工して販売するのに20日かかり、販売した商品代金の回収が45日であると仮定すると、この商品販売のCCCは、45日+20日-30日で、35日ということになります。この日数が大きくなればなるほど会社の資金繰りは苦しくなり、事業を展開していながら、銀行業をやっているようなことになります。何ヶ月かの統計を取っていく中で、この日数が大きくなっていく傾向があったらそれは黄色信号。取り引きを見直す必要があるのかもしれません。
さて、次回はいよいよ最終回になります。最終回では、財務諸表の中でどのような項目にハイライトを当てて経営にあたるべきか、それらがどのような数値になった場合に黄色信号と考えるべきなのかについてお話し、当連載を終わりにしたいと思います。
荻野 好正 おぎの よしまさ / 大阪府出身。伊藤忠商事(株)にて30年間勤務、曙ブレーキ工業(株)で15年間の役員勤務を経験。その後、海外を含む企業勤務・経営を通じて得られた企業経営のノウハウを中小企業、スタートアップの企業経営者に伝授することを目的に、企業経営者へのアドバイザリー業務を「CONCERTO」(個人事業)として立ち上げた。中小企業、ベンチャー企業の強化こそが日本経済を立て直す原動力になると信じる。静岡大学工学修士、米国シカゴ大学MBA。 CONCERTO 〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-2-1岸本ビルヂング6F https://c-concerto.com/ |