コラム
アウトドアのオリジナルグッズ開発を手がける、イナウトドア合同会社の森豊雪代表が、アウトドアの魅力をお伝えする連載コラム。今回のテーマは「無人島サバイバル」だ。近年はレジャー色が濃いキャンプも、もともとは自然の中で安全に野営するための技術であり知識だった。極限の環境で生き残る術を身に付けておくことの重要性を、実践例を交えながら論じていく。
◎防災・減災に役立つ無人島サバイバル
サバイバルと聞いて、すぐに無人島を思い浮かべる人は多いのではないだろうか。そのくらい、両者のイメージは強く結びついていると思う。私は以前、4泊5日での無人島サバイバル研修に参加させていただいたことがある。この研修は(一社)72時間サバイバル教育協会が毎年12月に開催しているもので、私自身は過去に2回、参加させていただいている。「なぜ、わざわざ無人島へ自分から赴くのか」と思われるかもしれないが、防災や減災について考えるうえでは、精神的に追い込まれた状況を体験することも非常に有意義だ。そこで今回は、サバイバル環境下に置かれた際に気を付けるべきことや、使える技術や知識について、私自身の体験を交えながら紹介していきたい。
◎最優先すべきは「水の確保」
サバイバル環境で、まず真っ先に考えねばならないのは、水の確保である。水がない状態で72時間が経過すると、救出率は一気に下がる。まさに死活問題だ。人が生きていくうえで必要な水の量は、飲料や料理など合わせて1日2リットル程度と言われている。これをどう調達するかが最初の課題になるのだ。私が訪れた無人島はあまり大きくなく、高い山もなかった。高い山がないということはすなわち、川がないということでもある。こうした状況でも、水の確保手段はいくつか存在する。例えば、雨水や朝露を集める方法。しかし、これらは決して効率が良いとは言えないうえ、雨天に関しては自分ではどうしようもない。
では、もっと能動的に水を得る方法について考えてみたい。幸いなことにここは無人島、目の前には大海原が広がっている。そこには限りないほどの水があるかのように思えるが、ご存じの通り、海水は塩分濃度が3.5%程度ある。「しょっぱいだけなら我慢して飲めば良いのではないか」と考える人もいるだろう。ところが、少量ならともかく水分補給を目的に海水を飲むことは、自らの命を脅かす危険性があるのだ。と言うのも、人間の身体は一定の塩分濃度を保つようにできており、必要以上の塩分が摂取されると、体外へ排出しようとする。そして、排出時には水分も同時に排出されるため、かえって脱水症状になってしまうというわけだ。また、体内に入った塩分は腎臓でろ過されるが、過剰な塩分が摂取されると腎臓の能力を超えて排泄機能が低下してしまう。結果、身体の中に老廃物などが残り、生命を脅かすのだ。それでも、海水しかない場合はどうすればよいのか。海水を蒸留して真水化するのである。塩分を抜くことを目的とした蒸留でオーソドックスな方法は、やかんの注ぎ口にコップなどをかぶせて、沸騰させた蒸気を集める方法だ。子どもの頃、理科の実験などで見た人もいるだろう。多くの真水を得るには、蒸気をいかに効率よく集められるかにかかっている。詳しい手順については割愛するが、興味のある方はぜひ調べてみてほしい。
◎怪我に注意し、消耗を避ける
水や食料を確保することは言うまでもなく重要だが、そうかと言って焦って行動してはならない。私が無人島へ行ったのは冬だったため、汗で水分を失うことは少なかったが、それでも体の水分は少しずつ失われていき、空腹時に急に動こうとすると眩暈がした。よく、テレビ番組のサバイバル企画では自ら海へ潜り魚を捕るシーンを目にする。しかし、本当のサバイバル環境でそのような行動を取ることはお勧めしない。体力の消耗が激しく、失敗時のリスクが大きすぎるからだ。こういう時には、なるべく体力の消耗を避け、怪我をしないようにゆっくり活動することが求められる。ちなみに、これは都市部で被災した場合にも通じる考え方だ。地震など大きい災害が起こった後の街には、ガラス破片の散乱や、倒れた家屋による釘の踏み抜きなど、平常時とは比べものにならないほど多くの危険が潜んでいる。怪我をせず、救援物資が来るまでは必要最低限の動きにおさえておく。まずは自分や家族の命を守ることに意識を向けるのが大切だ。
72時間サバイバル教育協会では「生き抜く力を子どもたちに」をコンセプトに、災害時に自分を守る「自助」と、他人を助ける「共助」の考え方を身に付けるためのプログラムを展開している。防災における「自助」とは、わがままということではなく「まず自分を守れることが、他人を助けることにつながる」という考え方だ。自分が怪我をしていては、他人を助けるどころではなくなる。自分を顧みず他人を助けるという気概がどれだけあろうと、怪我人に助けられることは、むしろお互いにとって負担になってしまうだろう。災害時に自立し、自分を守る力をつける。これは子どもたちに限らず、すべての人にとって必須のレッスンと言えるだろう。
◎共に生きる仲間たちを大切に
最後に、サバイバル中の人とのコミュニケーションの重要性について話したい。無人島にいる間は、日々できることはほとんどない。水をつくったり、食べられる草を探したり、カニを捕まえたり…生きるための最低限の行動だけだ。そんな中、一緒にいる仲間たちと焚き火を囲んで談笑する時間は、本当に貴重だ。電灯もない暗い夜に、お互いの顔がぼんやりと見える焚き火の前で今日一日の話をして笑い合う。他愛のない会話をしているだけで、何となく心が和む。人間は一人では生きられないと感じる瞬間だ。私自身は大きな災害に遭ったことはまだないが、この無人島サバイバルを通して、生き抜く知識はもちろん、人と人との交流の大切さも学ぶことができた。もし、万が一災害に遭った時、すぐにそれまでの日常に戻ろうと考えることは、ストレスにつながってしまうかもしれない。ひとまず現状を受け入れ、明日に向けて今日よりも進歩させればよいと割り切れれば、気持ちは自然と前向きになっていく。無人島での経験は、そんなことを教えてくれた気がする。4泊5日の無人島サバイバル研修。機会があればぜひ皆さんにも一度参加していただきたい。
森 豊雪 学業修了後はエネルギー関連の製造会社に入社し、30年以上にわたって勤務する。55歳を迎えて新しい道を模索。もともと趣味で活動していたアウトドア分野で起業することを決意し、イナウトドア(同)を立ち上げた。現在は、オリジナルアウトドアグッズの開発や、サバイバル教室などの展開、自然保護のボランティア活動に注力している。 ※保有資格 ・NCAJ 認定 キャンプインストラクター ・JBS 認定 ブッシュクラフトインストラクター ・日赤救急法救急員他 ■企業情報 イナウトドア 合同会社 〒238-0114 神奈川県三浦市初声町和田3079-3 ■URL https://www.inoutdoor.work/ @moritoyo1 |